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念話を送り、しばらくすると都市のあちこちから煙が上がるのが見えた。距離があるため戦闘音までは聞き取れないが、怒号の様な、悲鳴のような叫び声も聞こえ始めてくる。
戦闘中であるため、邪魔になってはいけないと、こちらから今の状況を知らせるようにと念話を送ってはいないが、不利な状況になれば俺が予備戦力として助成に行くと伝えており、応援を呼ぶ声が無いことから順調に事が進んでいるという事が予想できた。
しかし、こうしてただ仲間を待つだけという時間は暇だ。『同化』によって手に入れた能力の訓練でもしようかと考えた矢先、こちらに近づいてくる、いくつかの人影が見えた。
「ディック!?なんでお前が城門の前の警備をしているんだ?お前の今日の担当区域はこの辺りじゃないだろ。ダインとタレスはどこに行ったんだ?」
「さぁ? 俺はタレスに頼まれて少しの間だけ、ここの警備を代わってくれって頼まれたんだ。俺が来た時にはダインの姿は見なかったが……てか、お前らがここに来たってことは、やっぱりこの騒ぎが原因ってことか?」
「それ以外考えられんだろ。不確かではあるが、魔物が都市内部に侵入したという情報もある。手が空いてるならお前にも手伝ってもらいたかったんだが…流石に城門の前の警備をゼロにするのは不味いよな…」
「そりゃそうだろ…っつか、都市内部に魔物!?なんだよそりゃ…ありえないだろ。いったいどこから侵入したってんだ?城門から入ってきたとか、か?それはないか。そもそも魔物から攻撃されたなら、少なからず騒ぎになるはずだが、そういった気配はなかったぞ。見間違いとかじゃないのか?」
「俺もそう思うんだが、一応な。こうして各城門の見回りをしているんだが、少なくともここは関係なさそうだな」
「そりゃそうだろ。ここから魔物が侵入してきたとしたら、真っ先に俺の命が無くなってるぜ」
「だろうな。じゃぁ、俺達は他の城門の様子も見てくる」
「分かった。俺もダインかタレスの奴が戻ってきたら、そっちに合流した方が良いか?」
「いや、詰所の方に行ってくれ。どうやら詰所の方からも火の手が上がっているようなんだ。俺達も、一通りの見回りを終えたらそちらの方に行くつもりだ」
「了解だ。大丈夫だとは思うが、気をつけろよ」
「お前さんもな。じゃ、いくぞ」
襲撃を開始してそこそこの時間が経っているが、末端とはいえすべての兵士にまでは情報は行き届いてはいないようだ。
平和ボケしている…と、言えなくもないだろうが、ただでさえ兵が減少していることに加えて、騒ぎの原因すら不明なのだ。現場レベルで混乱してしまうのは、仕方のないことなのだろう。
そう言ったことを踏まえると、やはり眷属とリアルタイムで正確な情報をやり取りできる念話という能力がいかに優れているかが、より一層理解できるというものだ。声だけでなく、意識を集中すればその眷属と視覚を共有することもできる。
仮に騎士団に念話を出来る者が多数いれば、戦争の在り方を根底から変えることすら出来るのではないかとさえ思えてしまう。もしかしたら16番もその辺りのことを考えて魔物による部隊の設立に乗り出したのかもしれない。いや、どうだろう…あれも元々は『俺』だ。そこまで頭が回るとも思えない…しかし、俺がいないところで成長した可能性も…まぁ、いいや。後で聞いてみることにしよう。
『ゼロ。こちら商業ギルド襲撃部隊。都市部での混乱の隙をついて無事、商業ギルドで保管してある、マジックバッグを始めとしたいくつもの貴重なマジックアイテムの奪取に成功しました。負傷者とその護衛班に奪取したマジックアイテムを持たせて、ゼロのいる城門から逃走させます。未だ無事な者達はどこの部隊の支援に行けばよろしいでしょうか?』
『ちょっと待ってくれ、念話を送って確認する………冒険者ギルドを襲撃した部隊の援護に回ってくれ。劣勢というほどではないが、思ったよりも数がいて経験値を稼ぐにはもってこいだそうだ。経路は中央道を大きく迂回して、冒険者達を背後から奇襲するように向かってくれ。そうすれば、現在襲撃している部隊とで冒険者達を上手いこと挟撃できるようだ』
『了解です』
しばらくすると、負傷した魔物達がふらふらとやってきて、後を追うように護衛班も姿を現した。どうやら追撃者を警戒して殿をしていたそうだが、後を追ってくる人間はいなかったらしい。ちなみに俺は人間に擬態した姿のままではあるが、外見的特徴も含めあらかじめそのことを伝えているため俺を警戒する魔物はいない。
念のため、サーチ・スライムの自切したスライム細胞を『同化』して得た索敵能力を使ったが、彼らを追ってくる人間は確認できなかった。未だに効果範囲が狭い未熟な能力ではあるが、十分に役に立っている能力である。
すべての眷属の能力を、眷属異常に使いこなすことが出来るようになればいったいどれほど強くなれるだろうか…考えるだけでもワクワクする。
城門から都市の外に逃げた魔物達を見送りながら、そのようなことを考えていた。




