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 街道を国境戦線に向けてひたすら歩く。


 補給部隊の配属が決まったとき、戦闘に参加しなくともよいことに歓喜した。しかしこう何度も国境と物資の集積所の往復をさせられては愚痴の一つもこぼしたくなる。


 襲撃がある可能性もあるため一応は周囲を警戒し迎撃態勢を整えてはいるが、すでに何度かの運搬をこなしており、そのすべてにおいて何の反応もなかったことを鑑みると、警戒するだけ無駄なのではと考えずにはいられなかった。


 それもそのはず、この戦争は策を弄せせずとも、おそらく敵国であるランジェルド王国が勝つからだ。元々クオリア公国の王はランジェルド王国の一貴族であった。しかしランジェルド王国内で不作が続き、国が弱体化した隙に独立を表明した、いわば主君の弱みに付け込んで生まれた国であったからだ。


 そのようなことをして独立したため当然ランジェルド王国からの心証は非常に悪く、それにもかかわらず国の危機に付け入るように、公国側が有利になるような不平等な条約を結ぶように求めた。 公国がこれほどまでに強気に出られたのは、国境を接していたソーンガイア帝国の支援があったからだといわれている。


 当時はランジェルド王国とソーンガイア帝国の国力はほぼ拮抗しており、周辺国家は比較的に安定していた。なぜなら、帝国が国力を伸ばそうと他国に攻め入ればその隙に王国が帝国に攻め入り、王国国力を伸ばそうと他国に攻め入ればその隙に帝国が王国に攻め入る…つまり互いが互いの抑止力となっていたからだ。


 しかし王国内での不作、そして公国の独立により王国内は大混乱に見舞われた。その混乱が収まるころには王国という抑止力が無くなったことにより帝国は、周辺の弱小国家を次々と吸収し王国よりもはるかに巨大な国家を作り上げることに成功していた。


 つまり公国は初めから帝国が大きくなるために利用されていただけだったのだ。そして用が済めば…


 「はぁ、巷じゃ、食い物も無くて物価が上がりまくっているっていうのに、こんなにあるじゃねぇか。ったくクソ貴族どもめ…やっぱたんまり隠し持ってやがんじゃねぇか…」


 「おいっ!上の奴らに聞かれるぞ!奴らに聞かれたらどんな目にあわされるか分かったもんじゃないぞ!」


 「ああ、すまねぇ。独り言のつもりだったが思ったよりも大きい声を出しちまっていたか…」


 「…お前の気持ちも分からんでもないが、もう少し声を落としてくれ。とばっちりはごめんだ。それにしても、いつまでこんなことさせられるんだろうな…どうせ勝てねぇんだからさっさと降伏しちまえばいいのによ…」


 「ま、それが出来りゃ苦労しねぇだろ。この戦のきっかけがランジェルド王国の騎士団がうちの国土に侵入したことが原因だ。国のお偉いさんは意地でも降伏なんてしないだろ、お貴族様が大好きなメンツを潰されちまったんだからな」


 「貴族のメンツっていうけどよ、実際に血を流すのは俺達平民じゃねぇか。そんで戦争のたびに非常時特別税って名目でなけなしの金までもっていきやがる。そのせいで平民は本当にぎりぎりの生活を強いられているっていうのに、戦争を起こした本人供は毎日美味いもん食って贅沢三昧じゃねぇか。理不尽にもほどがあるぜ」


 「…お前も結構ため込んでんだな。まぁ、この状況じゃ不満持ってないやつの方が少ねぇか。はぁ、あの時俺もとっとと帝国に逃げときゃ良かったぜ…」


 「あの時?お前、帝国に何か伝手があんのか?」


 「ああ、俺の兄貴が帝国で商人やってて、そこそこ成功してんだよ。そんで色々ときな臭い公国を捨ててこっちに来ないかと誘われてたんだが、畑を放っておくわけにもいかねぇからな。両親だけ先に逃がして俺はこっちに残ってたんだ。そしたら、まぁこんな感じで、俺はここにいるってわけだ」


 「きな臭い?王国だけでなく、帝国も何か行動を起こそうとしてたってのか?」


 「そうらしいぞ。今回の王国の強襲もその辺りのことが関係しているんじゃねぇのか?これ以上帝国にいいようにされてたら、王国も危ないからな。下手したら公国は、帝国にも攻め込まれて挟撃されるんじゃないのか?」


 「つまりどっちに転んでもこの国はもうお終いか」


 「多分…いや、まず間違いないだろうな。にもかかわらず貴族どもは緊張感のかけらもないし、贅沢をやめねぇ。案外最後の晩餐のつもり…でも無さそうだな。……ん?なんか部隊の前方の方で騒ぎが起こっているみたいだな。もしかして王国の奇襲部隊か?」


 「いや……ありゃ魔物だ。ゴブリンにオーク、ミノタウロスまでいやがるみたいだ。スタンビート…じゃねぇようだな。統率が取れているみたいだし」


 「部隊を率いていた騎士団の連中もかなり苦戦しているみたいだな…こりゃ本当にやばいんじゃないのか?どうする、応援に行くか?」


 「やめとけ。足手まといになるだけだし、あんな奴らの為に命かけても碌なことになりゃしねぇ。逃げるぞ」


 「逃げるつっても、ここまでほとんど一本道だ。魔物が騎士団の連中を蹴散らしたら、追いかけられて殺されるんじゃねぇのか?それに敵前逃亡ってことで最悪処刑されるかもしれねぇぞ。それだったら気は進まねぇが騎士団の連中の援護して、魔物を追い払うほうが命が助かる可能性が高いんじゃねぇのか?」


 「……抜け道を知っている。俺は元々行商人でこの辺りの地理は熟知しているんだ。当然地元の人間しか知らないような抜け道もな。敵前逃亡つっても、公国の連中が俺らを追いかけて処分するほどの余力はねぇだろ。帝国まで逃げきれりゃぁ、まず大丈夫だろうしな。それでどうする?このまま騎士団の連中が魔物を追い払ってくれるのを期待して待つか、俺と一緒に逃走するか」


 「もちろん、お前と一緒に逃げさせてもらおうか。そっちの方が命が助かりそうだしな」


 「分かった。ただ、その代わりと言っちゃあなんだが…」


 「帝国まで無事にたどり着いたら、兄貴を紹介してくれってか?帝国に行っても仕事がなけりゃ野垂れ死ぬしかないからな。もちろん構わねぇが、お前、家族とかは大丈夫なのか?」


 「母親は俺が物心がつく前に死んじまったし、親父も今回の流行り病でくたばっちまった。最初は薬がありゃ何とかなる程度の軽いものだったんだが、領主が目先の利益欲しさに急な値上げをして買えなくってな。そのまま……な」


 「…すまねぇ。悪いこと聞いちまったな」


 「気にすんな、お前が悪いわけじゃあないんだからよ。そんなわけで身軽な独り身だ、安心してついてこい」


 混乱に乗じて俺たちは何とかこの窮地を逃げ出すことが出来た。


 俺たちの会話を聞いていた周りの人間もついてきていたことで予想外の大人数になってしまったが、かなり険しい道を選んでの逃走劇であったがみんなで協力することで、時間はかかったが何とか公国の兵士にも魔物にも見つかることなく帝国まで逃げきることが出来た。


 帝国についた俺たちが最初に耳にしたのは公国の首都が陥落し、公国が王国に支配されるというものであった。正直故郷がなくなった悲しみがそれほどなかった。自分で思う以上に公国に見切りをつけていたのかもしれないと思った。


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