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結果として、この1週間ほどで8体のゴブリンと1人の人間の死体を吸収することができた。あと、2体のスライムと遭遇し観察することができたが、観察するべきところがないというべきか、ほとんど自堕落に生きていたころの俺と何ら変わりのない行動をしていた。要するに、あまり能動的に動いていないということだ。活発に動いているときは、生物の死体を見つけ吸収しているときぐらいだった。
まぁ、俺のように目的をもって活発に行動しているならともかく、普通のスライムにそのようなものはないのだろう。他の生物のように生きるために働かなくてはならないというわけでもない。とりあえず冒険者に見つかり、普通のスライムを演じなくてはならなくなったときは、ぼ~っとしてやり過ごすことにしよう。
見つけたゴブリンの死体はわずかではあるが腐敗していたためか、最初に吸収したゴブリンほど美味いとは感じなかったし、得ることの出来た経験値の量も少なく感じた。恐らく死体から魔力が放出されることと同じように、経験値も放出されてしまうのかもしれない。
さらには俺自身の位階も上がり、保有する魔力量が上昇したことも原因かもしれない。 つまりそれは、今の俺がただのゴブリンが保有する程度の魔力量では満足することができないほど強くなっていることの証明なのかもしれない。多少味の落ちてしまったゴブリンもむしろ良いことだと思えてしまう。
あと、意外に思ったのは人間の死体を吸収しているとき、俺自身が人間を吸収することに罪悪感を抱かなかったことだ。その人間は10代中ごろの見た目をしており、多分駆け出しの新人冒険者だったのだろう。殺した相手はゴブリンだと思う。傷が胸よりも少し低い位置に集中していた。背の低いゴブリンに殺されるとこのような傷を負うと聞いたことがある。身ぐるみはほとんど剥がされていたが、身分を示すための冒険者組合の最下級の位を示す、鉄のプレートが首からぶら下がっていた。
新人のくせに、ソロでゴブリンの討伐を受けるからこのようなことになるのだ。ゴブリンが相手であるということに慢心があったのだろう。俺が感じたことはそこまでだった。この冒険者に同情することはない。もしかするとすでに心まで魔物になってしまったのかもしれないな。人間性を失うことに、思うところはあるが正直そこまで悪いことだとも思えない。その人間性によって復讐を躊躇してしまうことのほうが今の俺にとって恐ろしいことだからだ。
その人間の死体はありがたくいただいた。正直ゴブリンよりも美味かった。入手できる魔力量と経験値はゴブリンよりも新人とは言え冒険者のほうが上だと感じた。あとプレートも吸収してみた。こういったプレートは偽造防止のための魔術がかけられているためだ。その魔力を頂戴するのだ。材質が鉄であったため吸収に時間がかかったが、質量が小さいため移動しながら吸収することができた。
あと、俺がゴブリンの死体を発見できたのはここまでだった。もしかしたらこの新人冒険者が、最近見つけていたゴブリンの死体を生み出していてくれた張本人なのかもしれない。同情はしないが、感謝はしよう。出来れば彼にはより良い来世があることを願っておく。
正直な話、まじめに鍛錬した1カ月間よりも、ほとんど死体を吸収していただけのこの1週間のほうが肉体レベルがはるかに上昇していた。今なら大型の動物でも捕獲し、吸収することができるだろう。ただし相手が移動速度が遅ければ、の話ではあるが。
馬鹿正直に近づけば当然相手は警戒し、捕食しようとすれば脱兎のごとく逃げ出すことは想像に難くない。ではどうするか。体は魔物だが、頭脳は人間だ。人間らしく策を弄して挑むとしよう。
まぁ、頭脳が人間でも体がスライムだから正直できることはそう多くはない。鍛錬により触手を多少器用に動かせるようにはなったが、当然箱罠を作れるわけでもなければ、落とし穴を掘れるわけでもない。いくつかの作戦を立ててはみたが、結局は奇襲による攻撃が一番良い方法だということに考えが至った。
残念だが、俺の人間らしさはあまり役に立たないかもしれない。しょうがない、俺は都市生まれで都市育ち。狩りなんて一度もしたことがない。せめて開拓村で生まれていれば、少しはマシな作戦が思いついたかもしれない。
愚痴るのはここまでにしよう。動物たちのよく通ると思われる獣道を見つけ、ちょうどよい高さにある木の枝に登る。奇襲はやはり頭上からが一番だと思う。周囲を警戒する動物も、死角となる頭上からの攻撃には弱いんじゃないかという俺自身の希望でもある。あとはちょうどよい獲物が通るのを待つだけだ。
…それにしてもこのスライムという魔物の体、待ち伏せするには最高なんじゃないかと思う。人間なら同じ姿勢で何時間も待機するのは肉体的にかなりしんどいことだと思われるが、スライムはそのようなことはない。おまけにじっとしているだけで魔力を回復する。腹は減らないし、体力も回復し続けるのだ。悪い点を挙げるとすれば暇であるということぐらいか。獲物がくるまで、イメージトレーニングでもすることにしよう。




