48
俺と別れた後、16番とジルは各地を転々としながら人や魔物を殺し経験値を集めていた。
最初は順調にいっていたようだが、人間もただ黙って見過ごすほど愚かではない。貴族の兵士と冒険者組合が、組織の垣根を越えて協力し始めたのだ。数の兵士に質の冒険者。この二者の連携により、狩りが邪魔されてしまうことが多くなったそうだ。
このままではまずいと感じた16番は状況を打開する方法を考えた。そして行き着いた答えが、この二者を協力できない状況にするという非常にシンプルなものだった。
言うは易く行うは難し、というが情勢が彼らを味方した。というのも俺たちの今いるこの国、ランジェルド王国は隣国であるクリオア公国との関係があまりうまくいっておらず、いつまた戦端が開かれるのか分からない緊迫した状況が続いている。
そんな情勢の中、多くの兵を国境に派遣すればすぐにまた戦争に発展することが予想される。隣国からの挑発行為と判断できるからだ。その真の目的が人間を襲う魔物の討伐が目的であったとしても。つまり国境付近の領地を狩場にするなら、貴族に仕えている兵士は派遣されないのではないかと踏んだわけだ。
そしてその予想は的中し、隣国との戦争をできれば回避したい国境付近の領主はジルの襲撃に対して積極的に兵士を派遣しようとはしなかった。もちろん一つの領地に対する被害を出し過ぎない…広く浅くの襲撃を繰り返すという、細やかな策も功を奏したのかもしれない。
そうなったとき一番被害を被ったのは冒険者の方であった。今までは数と地理に詳しい現地の兵士の協力があったため、何とか被害を食い止めることが出来ていた。その協力が得られなくなったことにより、彼らの働きだけでは被害が多くなっていってしまったのだ。
にもかかわらず被害を受けている貴族からはこれまで通りの成果を出せと、魔物の被害を何とかしろとせっつかれてしまう。それに腹を立てた冒険者ギルドから見捨てられてしまい、距離を置かれるようになった領地も出はじめたそうだ。
そうなってしまえばもはやジルに敵はいなかった。冒険者に見捨てられた領内にあるの村や町を襲い、経験値を得ては他の場所に移動する。公国を刺激し過ぎない程度の少数の兵を派遣されたが、冒険者より質の劣る兵士などジルの敵ではない。皆次々と経験値にしていった。
そういった生活を何か月か過ごした頃に、いよいよ貴族の堪忍袋の緒が切れたのかジルに騎士団からなる大軍が派遣されてしまった。各地に配置してあった自身の眷属からその情報を受け取った16番達はすぐに行動を開始し、隣国であるクオリア公国へと逃亡した。
クオリア公国でほとぼりが冷めるのを待つつもりであったようだが、何を思ったかその騎士団は国境を無視して進軍し、ジルの後を追跡を継続した。またしても眷属からその情報を受け取った16番達はクオリア公国のさらに奥へと進み何とか逃げきる来ることが出来た。
16番達にとってそれまでの話であったが、クオリア公国からすればそこからが始まりだ。隣国の騎士団の大軍が何の通達もなく自国の領内に侵入したのだ。
そこからはまぁ、お察しの通り。元々緊迫した関係だったので、あれよあれよという間により関係が悪化していき、この度戦をすることになった…と言うわけだ。
『しかし、通告もなく他国の領内に侵入するとは…その騎士団を率いていた指揮官は何を考えていたんだろうな?素直に我が国の安寧を脅かす魔物を追跡します、って一報を入れておけば問題なんて起きそうにも無いだろ。実際、ジル達が国境付近で活動していたってことは、公国側の貴族も全く関係が無い話ってわけでもないだろうし…』
『そこまでは分かりませんが、兵士たちの話からするとその指揮官は元々隣国のことをあまりよく思っていなかったらしく、『機会があれば滅ぼしてやる!』と普段から周りに言っていたバリバリの主戦派だったそうなんです。初めからジルの討伐を言い訳に戦争を起こすつもりだったのではないのでしょうか』
『そんな奴を指揮官に据えるとは…その主である貴族も、似たような考えの持ち主だったってことか?』
『指揮官としてはかなり優秀でしたから、多少の問題があったとしても代えがたい人材だったのは間違いありませんね。実際眷属からの情報が無ければ、私たちも上手く逃げ切れなかったかもしれないほどでしたから…』
『なるほどな…それで俺にわざわざ念話を送ってきたという事は経験値の大量獲得を見込めるが、自分たちだけでは手が足りないから応援をよこして欲しいってことか』
『その通りです。ざっと見ただけでも、すでに両軍合わせて数千人程の兵士が集まってきています。更にまた増えそうですし…これを逃す手はないでしょう』
『了解した。すぐに手の空いている眷属を…いや、俺自身が向かうとするか。実は最近位階の上昇が思ったより上手くいっていなくてな。焦っているわけではないが、気分転換も必要だろう。準備を整えたらすぐに向かおうと思うが、戦端はすぐにでも開きそうか?』
『いえ、もう少しかかると思います。先にも述べましたが、未だ両国ともすべての兵士が集まっているわけではないようですので。すべての兵士が集まり、開戦の証書をお互いに出した後戦端が開かれることを考えると、あと1週間は余裕があるかと』
『分かった。あ、何か欲しいものとかあるか?ついでに持っていくとしよう。最近は冒険者として結構稼いでいるから、懐に余裕がある』
『いえ、特には…すべて現地調達か、返り討ちにした冒険者達から十分に補充できていますので。何かあればこちらから連絡させてもらいます』
念話を切り明日からの予定を組むことにした。
リスクは大きいがその分リターンもかなり見込める。入念に準備をすることにしよう。




