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結局フィリップさんに対する実験は1週間にも及んだ。流石にただの人間では1週間も飲まず食わずだと死んでしまうので手持ちの保存食を食べさせていたが、何を勘違いしたのかこちらに自分を害する気はないと思い込んでしまい、いきなり舐めた態度をとってきたときは勢い余って殺してしまいそうになり大変であった。
記憶がないというのも考え物だと思った。しかしそれは本人にとっては幸せだったのかもしれない。そう思うと少し腹が立ったが、貴重な実験に参加してもらったのだと思えば我慢することもできる。さて、実験の結果でも聞いてみるとするか。
『4番、実験はどうだ?上手くいったという事でいいのか』
『ボチボチっスね。現在は、まぁ一応生きてはいますが記憶のほとんどを失っている状態ですからね。仮にいまこいつを解放しても犯人が俺達であると証言することもできないどころか、日常生活すらまともに送れないと思います。ここで殺してあげるほうが慈悲深いってもんじゃないッスか?』
『そうか。それで当初の目的だった、洗脳に特化した能力を持つ上位のスライムに進化しそうか?そのためにわざわざ少し遠くにいた、経験値的にそろそろ進化しそうだったお前を呼び出してこの実験に参加させたんだから』
『さぁ?こればっかりは流石に進化してみないとわかんないっスよ』
『だろうな。本当ならもう何人かの人間に同様の実験を施したいところではあるけど、流石に何の恨みもない人間にこの実験を施すのは気が引けるからな。この辺りに盗賊でもいればそいつら相手にやってみるんだが、ジルが暴れたせいで城壁の外に拠点を構える盗賊たちが危険を察知して、遠くの領に逃げたからそれもできない』
『かといってゴブリンやオークだと数はいるけど脳みそが小っさいのと、何話している分からないから、どの程度実験が上手くいっているのか判断がつかないっスからね』
『だな。んじゃあ俺は、ウィルバートの町に帰るとするわ。ギルドに着いたらとりあえず討伐依頼のあった場所とか情報収集しておくから、お前は現場に行って死体を吸収して位階の上昇に努めてくれ。一応近くにいる眷属にはお前を優先するように伝えておくけど、到着まで時間がかかるようだったらそいつらを優先するからな』
『了解っス。あ、フィリップさんの死体は俺がもらっていいんスか?』
『ああ、構わんよ。好きにしてくれ』
1週間ぶりにギルドに戻ってきた。よく考えたら冒険者になって以来こんなに長い期間ギルドを離れていたのは初めてだ。そこでふと、魔物なのに冒険者ギルドにわずかながらも愛着を持ってしまった自分が少しおかしくなった。
窓口の方を見ると馴染みの職員さんがおり、こちらに気が付いて軽く会釈をしてきたので、同じく会釈を返してから窓口の方へ歩み寄る。
「お久しぶりです、ネスさん。それで、お爺様のご加減はどうでしたか?」
「それが思った以上に元気がよくて、驚かされてしまいました。どうやら長らく家を空けていた俺に会いたいがために、少々誇張して病状を伝えていたらしくて。まぁ元気そうでよかったです」
「それはよかったですね。今日までに入っていた討伐依頼に関する情報はどうなさいますか?」
「ええ、教えてください。そういえば、自分が遠出していたこの一週間で何か変わったこととかありませんでしたか?あと、例のオーガに関する追加の情報とかってあります?」
「この一週間で変わったこと……特にはないですね、普段通りですよ。オーガに関する追加の情報も入ってきていませんね。そのオーガに関して、何か気になることでもあるんですか?」
「いえね、これだけ長い期間ミスリル級の冒険者の方々から逃げられるオーガが近くにいるかもしれないって、かなり怖い事じゃありませんか?自分には他の方同様、再びここに戻ってこないだろうと楽観的に考えることはできないんですよ」
「うーん、少し考え過ぎなような気もしますが、蛮勇よりははるかにいい事だと思います。こちらでも何か情報が入ればお伝えしますので安心してください」
「お手数おかけして、申し訳ありません」
「気になさらないでください。これも仕事のうちですから」
ギルド職員と別れて今日の宿に向かいながら、考えをまとめる。
あまり心配はしていなかったが、変わったことの中に一週間前に無断で行方不明になっていたフィリップさんの名前は出てこなかった。まぁ、冒険者なんて人の死が身近にある厳しい世界だ。突然行方不明になったからといって、これといって調査をするという事もないだろう。
仮に調べられても、元々俺を殺すつもりだったフィリップさんが、俺とつながる何らかの証拠を残しておくほど愚かではあるまい。俺が行方不明になったとき、そのような証拠を残していればすぐに自分が疑われてしまうからな。
さて、明日からまた忙しい日々が始まる。少し憂鬱ではあるが、相手が小物であったとはいえ、報復をやり終えたことで充足感に満たされている。
ライアル王国の奴らに復讐することが出来ればどれほどの多幸感に包まれるのか、今から考えるだけでワクワクしている。とはいえ、つまらないことで躓いてしまわないよう気を引は引き締めておこう。




