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「おはようございます、フィリップさん。いい加減起きて下さいよ」
気絶していたフィリップに水をぶっかけて強制的に目を覚まさせる。まだ意識が完全には覚醒していないのか、ぼんやりとした表情を浮かべながら周囲の状況をきょろきょろと眺め、俺の顔を見た途端自分に何が起きたのかすぐに理解し鋭い目つきでこちらを睨んでくる。
「てめぇ、よくもやってくれたな。俺にこんなことをしてタダで済むと思ってんのか?つか、なんでスライムが…そうか、お前ビーストテイマーだったのか。くそっ、ぬかったぜ。………今回のことは悪かった。ほんの出来心だったんだ。反省している。きちんと賠償もするし、ギルドからの罰則も受けるつもりだ。だからせめてこの手足に巻かれている縄解いてくれねぇか?さっきから痛くて痛くて適わないんだ」
「…あの、それ本気で言ってます?だとしたらあまりにも考えなしじゃありませんか?大体最初に『タダで済むと…』とか言っていたのに、その後に反省しているとか言われても全然説得力とかないですよ」
「うるせぇ! いいからさっさと解放しやがれ! でないとてめぇ……いや、てめぇだけじゃねぇ! てめぇの家族もぶっ殺すぞ! いいのか、大切な家族なんだろ? 今ならまだ寛大な心で許してやらんこともないぞ」
「いやーそれはこわいなー(棒)と、冗談は差し置いて。実はあれはすべてあなた方を誘い出すためのウソだったんです。俺に家族はいません。そしてその目的は当然あなた方をここに誘い込むためです。どうして誘い込んだかって?実はあなた方に協力していただきたいことがあったからですよ」
「協力?何を言って…」
「実は最近疑問に思ったことがありましてね。それは、人間は外側からジワジワと溶かすのと、内側からジワジワと溶かすのどちらの方がより長く、より苦しめることが出来るか、ということです。そしてその為の協力者を探していたんです。比較となる対象以外は極力同一でないといけないので、探すのに苦労しました。それでちょうど同じくらいの背格好で、同じくらいの強さを持つフィリップさんの子分お2人に白羽の矢が立ちましてね。現在その実験の途中なんですがご覧になります?」
そういってフィリップの前に子分その1とその2を運んできた。1人は全身をスライムに集られ全身を少しずつ溶かされており、もう1人は外傷は一切見られないが全身の穴という穴から出血していた。
両者共に信じがたいほどの激痛に襲われているはずなのに、悲鳴どころか一切声が漏れておらず、大きくあいた口からはただただ荒い呼吸音のみが漏れ出ているだけという、異様な雰囲気が醸し出されていた。
「いやー、俺が言うのも何ですがひどい匂いですね。あ、彼らの悲鳴が聞こえないのはあらかじめ喉の声帯を溶かしたからです。いろいろと冒険者の方たちで実験できたのでその辺りの技術にはちょっとした自信があるんですよ。と、話は戻しますが、最初は彼らの悲鳴も聞いていたんですが、あまりにもうるさくて我慢できなくなってしまったんですよ。それで、まぁ、仕方なく声帯を溶かしたというわけです。匂いの方は流石にどうしようもなかったんですがね」
フィリップを見ると、彼の表情は恐怖に染まっていた。完全に心が折れている。これだ、これが欲しかったんだ。実に気持ちのいい光景じゃないか。そう考えていると、ふと、前世の自分を殺した騎士たちも今の自分と同じ気持ちだったんじゃないかという事に考えが至ってしまった。
そう考えてしまうと、今まで俺がしてきたこととか、俺がこれからしようとしていることとかが少し空しく感じられてしまった。とはいえ、先に手を出してきたのは相手側からだ。そこはあの騎士たちと俺の明確な違いであり、これはいわば正当な復讐である。つまりは、きっかけを作った方が悪いのだ。それに本当に空しいかどうかは奴らに対する復讐が終わってから考えることにしよう、そう思った。
「さて、フィリップさん。当然あなたには子分さん達とは別の実験を受けてもらいます」
「……別の…?」
ふむ、どうやらあまりにもショッキングな光景過ぎて、脳が混乱しているのかもしれない。今までにない、かなりしおらしい対応だ。普段の彼なら自身の置かれた状況を考えず「うるせぇ!さっさと解放しろ!」とか怒鳴りそうなものではあるが。まぁいい、話を続けよう。
「はい。俺の眷属はこれまで様々な種族のスライムに進化してきました。そしてその進化の条件が何かと考えたとき、そのスライムが経験したことに由来するのではないかと考察しました。例えば、魔物に張り付かせて行動を共にしたスライムが、魔物に寄生して共生することのできる能力を手に入れたようにですね。他にも索敵に特化した能力を持った個体も最近生まれてきました。こいつはオーガ捜索の時に最も長く捜索に注力してくれた個体でありまして、資料を漁ってみたんですがこれまで発見の報告のない全く新しい種のスライムだったので、とりあえず『サーチ・スライム』と呼ぶことにしたんです。…と、すみません話がそれてしまいましたね。それで、まぁ、簡単にいいますと、人間の脳を改造して体をコントロールするための実験をさせた個体は、その能力に特化した能力を持つ種族に進化するのではないかと思いまして。それでフィリップさんにその実験体になってもらおうと思ったんです」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…」
「いえいえ、謝罪の必要はありませんよ。いくら謝ってもらったところでこの実験をやめるつもりは毛頭ありませんから。それでは始めましょうか。そうそう、かつて襲撃した拠点から大量のポーションを持ちだしていましてね。簡単には死なないですから安心してください」




