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人手不足に悩まされていたギルドも流石に半年もすればある程度は改善され、他の町から増員の冒険者が派遣されたりなどして、徐々にだがいつも通りの状態に戻りつつあった。
「任務達成お疲れさまでした、ネスさん。こちらが今回の報酬になります。……あの、ネスさん、以前もお話させてもらったと思いますが銀級への昇格試験を受けてみませんか?ネスさんの実力なら合格間違いなしだと思うのですが」
「お気持ちは嬉しいですが自分なんてまだまだですよ。ようやく銅級の肩書にも慣れてきたぐらいなんですから。もうしばらくはこの級でやっていきたいと思います。では自分はこれで失礼します、明日の準備もありますから」
そういって窓口を離れ日課になっている練武場での剣の鍛錬に向かう。しかしそれは叶わなかった。ギルドの窓口と練武場とのちょうど中間あたりの、人通りがほとんどない場所で俺に声をかけてくる人物がいたからだ。
「おぅ、ネスじゃねぇか、奇遇だな。ちょいとばかし面ぁ貸してくんねぇか?安心しろ、お前の心がけ次第ではすぐに終わるからよ」
そう言うや否や俺の首に腕を回して路地裏へと引っ張りし、壁に思いっきりたたきつけられてしまった。
「痛っ!いきなり何するんですかフィリップさん」
「いいじゃねぇか少しぐらい、俺とお前の仲じゃねぇか。そんなことよりよぉ、ネス。ちぃとばかし金貸してくんねぇか?今月色々と入用でピンチなんだわ」
「先月も先々月も同じこと言っていたじゃないですか。大体お金を貸してほしかったら、まず先に俺が貸したお金を返してからにして下さいよ」
「馬鹿かてめぇ、人に返す金があったらわざわざ人に金を借りに来るわけねぇだろ。いいからさっさと金を出しな。てめぇが報酬受け取ってんのをこいつが見てたんだ。あんまり俺を待たせてイライラさせんじゃねぇぞ。俺は別にお前を半殺しにして、その後お前の財布から金を頂いちまっても構わねぇんだぞ」
俺の胸ぐらをつかんでいた手に徐々に力を込めながらそう脅してくる。呼吸が必要でない体であるため全然苦しくはないが、一応苦しそうな演技をしておく。
俺を脅してくるこの男、フィリップは少し前にこのウィルバートの町に仕事を求めてやってきた銅級の冒険者で、子分2人とパーティーを組んでいた。(ちなみに子分の名前は忘れた)
が、最近では依頼を受注することよりも俺のような新人の冒険者のあがりに集ることが多いようで、少なくない冒険者に被害が出ているようであった。
本来ならこういった輩は、ギルド内にある自浄作用が働いて自然と場所を追われるのだが、未だ高位の冒険者が不足気味という事もあり、この自浄作用が働きにくい環境が続いていた。
はっきり言って彼ら程度の強さなら簡単にあしらうこともできるのが、俺自身が色々と人に話せないような事情があるため騒ぎを起こしたくないと思ってしまい、以前に金を貸してしまったのが運のつき。それ以来、今回の様にちょくちょく俺の報酬を奪いに来るのだ。
結局今回も脅しに屈した振りをして今回得た報酬を渡すことになってしまった。過去にジルが殺した冒険者達の金銭を回収していたこともあり、渡したお金も俺からすれば微々たるものではあるが、やはりいい気はしない。
「そうそう、最初からおとなしく渡しておけばこんな痛い目に合わずに済んだんだ。次からは自分から進んでお金を出すんだな」
胸ぐらをつかんでいたフィリップが地面に俺を叩きつける。うずくまって咳込んでいる演技をする。そして……おまけとばかりに、鳩尾が蹴り上げられ体がくの字に曲がる。
瞬間、何かが一瞬でぶち切れるような感じがした。無論俺のスライム細胞ではない。この程度の攻撃でダメージを負うほどやわではないのだ。では何が切れたのかというと…堪忍袋だ。
恐らく前世、死の間際の自分と似たような目にあったことがきっかけだろう。絶対に許さん。
子分を引き連れて、今夜は俺が奢ってやる!と高笑いしながら去っていくフィリップの後姿を見送る。まぁ、いいだろう。そうして笑っていられるのも今のうちだ。せいぜいの残り短い余生を面白おかしく過ごすがいいさ。絶対に楽には殺さん。




