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ジルがゆっくりと近づいてくる。俺の正体を明かしていないため、本来仲間である冒険者を突然無力化した俺を、得体のしれない存在として警戒しているのかもしれない。いや、正体を明かしたからといって、全く警戒されない保証などどこにもないか。
先程、ベレスの食事に一服盛って無力化させてもらった。使用した毒物は本来ゴブリンやオークに対して使用されるものであり、独特の味や臭いがするため、ベレスが万全の状態であるなら決して口にすることはなかっただろう。しかし極度の疲労によりそのことを察知することが出来ていなかった。
何故あらかじめそのようなものを用意できたのかというと、眷属のうちの一体が索敵に特化した特殊能力を持つスライムに進化したからだ。その索敵範囲は数キロにも及び、対象を一つに絞ればより広範囲にまでその能力を行使することが出来た。
その為、ベレスの行動を先読みして彼の通りそうな場所をあらかじめ予測し、待機しておくことで、まるで偶然出会ったかのようにベレスと遭遇することが出来たのである。彼もまさか偶然出会った冒険者の持つ食事に、あらかじめ毒物が含まれていたとは夢にも思わないことだろう。よって、特に警戒されることなく俺の提供した食事に口をつけてしまった。
それはさておき、ようやくジルが俺の目の前までやってきた。武器は構えてはいないがすぐに戦闘行動に移れるように油断なくこちらを観察している。
「そう警戒するなよ、ジル。俺とお前の仲……いや、俺とお前の仲っていったいどういう関係なんだ?協力者、共犯者…まぁ、何でもいいか。とりあえず座ったらどうだ?金級冒険者の残党を始末して、すぐにこっちに来たから疲れているだろ」
「ナゼ俺ノ名ヲ…ソウカ。オ前ガ、ゼロ…ナノカ」
「そういうことだ。本体で会うのは初めてだから、お前さんにとっては初めましてになるが、俺は16番を通して何度もお前を見てきたからな…やっぱ不思議な関係なことには変わりないか」
「ソウカ…シカシ何故急ニ俺ノ前ニ現レタ。マサカ、用ノ済ンダ俺ヲ、始末シニ来タノカ?」
「……フフッ。あ、いや、すまない。今、笑ったのは図星を突かれたとかではなくて、お前があまりにも俺を買いかぶっていたから思わず笑ってしまっただけなんだ。正直に言うと、仮に16番がお前に力を貸さなくても、今の俺ではお前には勝てない。これは謙遜でも比喩でもない、純然たる実力の差だ」
「分カラナイナ。デハ、ドウシテ俺ノ前ニ姿ヲ現シタノダ。逆ニ俺ニ殺サレルトハ思ワナカッタノカ?」
「その可能性が無かったとは言わないが、ある程度の信頼関係が築けていたという自信もあったからな。それで最初の質問の答えに戻るが、俺がお前の前に姿を現した理由、それはこの信頼関係をより強固なものにするためにやってきたんだ」
「ヨリ強固ニ?ソノヨウナ事ヲスル理由ハナンダ?」
「簡単に言うとお前さんと、これからも末永く仲良くやっていきたいということだ。俺はこれまでの生の中で色々な『契約』というものを見てきた。短期の契約であれば問題がなかった事案でも、長期になればどこかしら綻びというものが出て来てしまう。そしてその原因の多くが、当事者間の信頼関係に亀裂が入ってしまったことから生まれ出てしまっていたんだ」
「ツマリ、俺達ハモットオ互イノ事ヲ知ラナケレバナラナイ、ト言ウコトカ」
「そういうこと。それでその大事な信頼関係を結ぶのに、眷属越しにっていうのは全然説得力がないだろ?だからこうして本体である俺が出張ってきたというわけさ…と、すまない。……よし。これで大丈夫だ」
「何ガ、アッタ?」
「あぁ、この銀級冒険者がたった今死亡したようだ。先ほど経験値が入ったことにでそのことが分かった。それで眷属の一体にこの死体を吸収するために、ここに来るように指示を出したんだ」
「ナルホド」
「そのまま戦っても多分勝てただろうけど、抵抗されてケガするのも嫌だったしな。安全策を取らせてもらったんだ。さて、ジルの身の上話は16番を通して聞かせてもらっていたから、俺の生い立ちでも話そうか。少し複雑で長くなりそうだが構わないか?」
「問題無イ。シカシ、イイノカ?ココハ人間ノ町カラ近イカラ、他ノ冒険者ニ見ツカッテシマウノデハ無イノカ?」
「何だ、聞こえていたのか?心配してくれるのは嬉しいが、まぁ安心しろ。あれは銀級冒険者を少しでも油断させるための嘘だ。ここから町までかなりの距離があるし、周りには多数の眷属を配置してあるから、万が一にも他の冒険者に見られてしまうということはないさ。さて、まずは俺の前世の話からでも話していこうかな」




