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 距離が近くなるにつれて、その人間の姿がより鮮明に見え始めてきた。安物ではあるが手入れの行き届いた革の鎧を装備しており、腰には剣をぶら下げている。


 多分新人の冒険者なのだろう。そうあたりを付けたころには、その冒険者の顔をはっきりと認識できるほどの距離まで近づいていた。


 年齢は十代の中ごろといったところだ。首からぶら下げたタグには鉄色である。ド新人だ。これでは仮にオーガ・リーダーに追いつかれてしまったときに、戦力になることは無いが、そのことで落胆したりはしない。


 なぜなら新人の冒険者の活動範囲はあまり広くなく、基本的には町の周辺での狩りや採取が主な収入源であるからだ。つまり彼がここにいるということは、町がかなり近い場所にあるということの証拠でもあるからだ。


 彼が驚いた表情をしながらこちらを見てくる。まぁ銀級冒険者が死にそうな顔をしながら全力で走ってくれば、驚いてしまうのもしょうがないことなのだろう。おもわず苦笑いを浮かべてしまう。命が助かりそうになったことで、わずかにだが緊張の糸が緩んでしまったのかもしれない。


 とりあえず、正確な場所を知るためにここの場所を聞かなければならない。彼の前で立ち止まり、荒い呼吸を整えてから話しかける。


 「す……まない…君……。こ、こが……町から……どの…程度の…距離……あるか…教え…くれ……ないか?」


 「は、はい!俺が…いや、自分がここまで来るのに歩いて大体2・3時間ほどかかりました!あの、もし差支えがないようでしたら、何があったのか教えていただけませんか?」


 新人冒険者が歩いてその程度の時間なら、疲労しているとはいえ自分なら20分もあれば町に着くだろう。とはいえ彼に話しかけるため立ち止まってわずかにでも休憩してしまったことが原因か、完全に感覚のマヒしていた足がガクガクと震えだし、体が休息を欲しだした。


 どのみち彼から現在地の正確な場所を聞き出さなければならない。その間休息をしよう。そう思い地面に座りこみ、俺の息が荒いため、ぽつりぽつりではあるが、彼と情報を交換する。


 言葉を交わしているとき、最初に思ったことは彼がなかなか話し上手ということだ。彼の持つ情報が欲しいのに、いつの間にかこちらの情報を渡してしまっていたりするのだ。


 まるでやり手の商業ギルドの人間を相手にしているようだった。冒険者なんて危険な仕事なんかやらずに、商人にでもなれば大成するのではないかと思ったぐらいだ。


 ただ彼もこちらの状況を知ってかなり驚愕しているようであり、地図を取り出し町までの正確な道順を教えてくれたり、昼食用に買っておいたという食事や飲み物を俺に提供したりしてくれた。


 正直、疲労のあまり胃が食事を受け付けなかったが、これからのことを考えると少しでもエネルギーを補給しておかなければならないと彼に説得され、食事を無理やり胃に押し込み、それを水で流し込んだ。


 味なんてさっぱりわからなかったが、体には少し力が戻ってきたような気がした。


 彼との情報交換も終え、あともうひと踏んばりするかと気合を入れ直す。すると背後で物音がしたような気がして、振り返る。すると……奴がいた。


 幸い急に襲い掛かってくる様子はなく、こちらの様子を窺っている様にも見える。何故そのようなことをするのか疑問に思ったが、そんなことを考えるほどの余裕はない。バクバクと高鳴る心臓の音を誤魔化すように、極めて冷静を装いながら言葉を紡ぎだす。


 「悪いな。お前を巻き込んじまった。二手に分かれて逃げるぞ」


 そういってオーガ・リーダーの注意を引かないようにゆっくりと立ち上がる。『二手に分かれて』そう言ったのは、自分の生存率を上げるためだ。


 奴も獲物が二手に分かれて逃げ出せば、まず先に足の遅い方を狙うだろう。もちろんそれは新人冒険者の方だ。彼が奴に殺されるまでどれほどの時間を稼ぐことが出来るか分からないが、その分だけ距離を稼ぐことは出来る。


 新人の彼には悪いことをしてしまった。しかし彼もいっぱしの冒険者だ。当然死ぬことも覚悟していることだろう。


 しかしそこでようやく、彼がその場を一切動こうとしていないことに気が付いた。


 「いえいえ、謝罪の必要はありませんよ」


 軽い笑みを浮かべながらそう答える。まさかオーガ・リーダーの姿を見て恐怖のあまり気がふれてしまったのか。そう思い、いや、そちらの方がいいかもしれない。苦痛なく逝くことが出来る。


 彼を置いて、その場を立ち去ろうとする。町までおよそ20分。いや、休憩したおかげか、多分もっと早く着くことが出来るだろう。


 それにここから先は、人通りも多くなるだろうから奴も俺だけに狙いを定めるということも難しくなるはずだ。関係ない人間を巻き込むことに当然忌避感はある。それでも俺の持つ奴の情報を確実にギルドに伝えなければならない。その為の犠牲だ、仕方のないことだと自分に言い聞かせる。


 そう覚悟を決め、一歩を踏みだす……ことが出来ない。おかしい。休憩したにも関わらず、足が俺の言うことを聞かない。まるで俺の体でなくなったような感覚だ。


 そして次第に体の自由もきかなくなって…立つことすらかなわずその場で倒れ伏してしまった。


 なんだ!どうした!何が起きている!さっぱり分からない。


 いや、一つ確実にわかっていることがある。それは俺がオーガ・リーダーの情報をギルドに持ち帰ることが出来ない、ということだ。


 皆の命を犠牲にしてようやくここまで来たというのに…今の状態では、不甲斐なさに涙を流すことすらできない。俺はいったいどこで間違ってしまったのだろうか…遠くなる意識の中は、仲間たちに対する罪悪感でいっぱいだった。


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