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「ふぅ、ようやく人心地ついたぜ。そんでこの先どうする?」
「どうする?ってどういう意味だ?このままウィルバートの町を目指すんじゃないのか?」
「俺もそう思っていたんだがよ。飯食って少し余裕ができたもんだから、色々と考えてみたんだよ。そん時、正直このまま進んでいいものなのかと、ふと思ってしまってな。いくら考えても答えなんか出やしねぇから、お前たちにも意見を出してもらおうと思ってよ」
「確かにそうだな。この拠点を最初に目指したのも、持ち出せた物資だけじゃ心もとないから仕方なしにって部分も大きかったからな…それも踏まえて言わせてもらうと、俺は隣のバロック男爵の領地や、大分距離はあるがコルナール子爵の領地を目指す方がいいんじゃないかと思う」
「理由は、あのオーガ・リーダーが高い知性を持っているから…だよな」
「そうだ。昨日戦ってみて思ったんだが、マジックキャスターを優先的に狙うとか、間合いの取り方とか見てると、どうもその辺の魔物と一線を画すほどの高い知能があるのは間違いないんだろう。それほどの奴が俺たちの行き先の検討を付けることが出来ないなんて想像できない。だから奴の考えの裏を突いて、距離はあるが他の領地を目指した方がいいんじゃないかと思ってな」
「概ね、俺と似たような考えだな。何かほかに意見のあるやつはいないか?」
「少し、いいですか?気になったことがあって…」
「どうした?ジャン」
「あの、この拠点に戻って来た時から思っていたことなんですが、冒険者達の死体の数が少なくないですか?もちろんスライムが吸収した分もあるとは思いますが、この拠点が襲撃されてから2日ほどしかたっていないにもかかわらず、ざっと見まわしても10人分ほどの死体しかありません。この拠点に配備されていた冒険者の数からしても、明らかに少なすぎます。もしかしたらですが、オーガの襲撃の時に上手く逃げられた人達もいる…ってことも考えられませんか?」
「可能性はゼロではないだろうな。上手く逃げおおせていると、今頃ウィルバートの町に到着した奴もいるかもしれないということか。そうなると、ギルドから腕利きの冒険者達を引き連れてきてくれているかもしれない…と考えるのはいささか甘い考えかもしれないがな」
「仮にそうだとしたら、下手に動かずにこの拠点の周辺で身を隠して応援を待つっていうのも悪くないんじゃありませんか?仮に逃げきれた冒険者がいないにしても、こちらからの連絡が何日も途絶えていれば、調査にやってくる冒険者も出てくると思います。その時に何とかその人たちと合流できれば、今よりもずっと楽に撤退できると思うんですが」
「それも選択肢の一つだな。他に意見のあるやつは……いないようだな。じゃあ、最後に俺の意見を聞いてくれ。ずっと考えていたことなんだが、ベレス。この中で一番足の速いお前に一人でウィルバートの町まで行ってもらい、残るメンバーでオーガの注意をひきながら隣の領地の町を目指す…ってのはどうだ?」
「陽動作戦ってことですか?でも、あのオーガ・リーダーの注意をひきながらの撤退ってかなりの危険が付きまといますよ」
「注意をひくって言っても、もちろん奴の前に姿を現すとかするつもりはない。せいぜい俺たちの痕跡を大量に残しながら移動するとか、その程度のもんだ。それでも危険なことには変わりはないがな。それよりも問題はベレス、お前の方だ。森の中を一人で移動することの危険性は十分に理解しているつもりだが、あえて提案させてもらった。はっきり言って危険性で言えばお前の方が高いと思う。お前が拒否するなら無理強いはしないが」
「…やります。いえ、やらせてください」
「いいのか?先ほども言ったが、かなりの危険な賭けでもあるんだぞ」
「拠点から撤退した時からずっと考えていたんです。俺があの時、ジャンさんが魔法を放つときに、命がけでオーガ・リーダーの足止めをしていたら奴に勝っていたんじゃないかって。そしたら仲間たちが死ぬことなんか無かったんじゃないかって。だから…だから俺に挽回するチャンスをください!」
「分かった…いや、違うな。よろしく頼む。それとあの時のことは気にするな、お前のせいじゃない。本来なら最後まで奴の足止めをしなければならなかったのは、俺達金級冒険者だったんだ。それを魔法の演唱が終わった途端、いつものようにさっさと後退してしまった俺たちのミスだ。そんな俺が言えた義理ではないかもしれんが、よろしく頼む。これまでの情報を無事にギルドまで持ち帰ってくれ……っと、スマン。一応意見が出そろったということで多数決で決を採ろうと思うんだが」
「いやいや、今までの話の流れではどう考えても副リーダーの意見で決まりだろ。頼んだぞ、ベレス。まぁ俺たちもそう簡単にくたばるつもりはないからな。この依頼が終わったら、一杯飲みにいこうぜ。先輩らしく奢ってやるから楽しみにしてな」
その後、細々とした取り決めを取り交わした後、名残惜しそうにパーティーは二つに分かれて行動を始めた。取り決めた内容には、どのような経路で逃げるとかが事細かに決められいた。
ベレスが無事にギルドに到着した際に、速やかにジャン達に応援を差し向けられるようにするためなのだろう。彼らも自分たちの命がかかっているので、そこに一切の妥協は感じられなかった。ただ、惜しむらくは、その取り交わした内容がすべて敵である俺に筒抜けであったことぐらいか。
休息していたジルも直に目を覚ます。先に逃走経路の割れている陽動部隊の連中を始末して、後でベレスを狙うとするか。いや、それとも…




