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盾持ちをしていた金級冒険者は、ポーションを使用するとすぐに戦線に戻ってきていた。メインの武装は先ほどジルに破壊されてしまったため予備の武装を装備していることに加えて、ケガの痛みも残っているようで、ジルの攻撃を防ぐたびに苦痛に顔を歪ませていた。間違いなく戦闘力が低下している。
にもかかわらず、すぐに戻ってきたということは冒険者達にとって現状かなり苦境に立たされているということの証拠でもある。実際すでに幾人もの銀級冒険者を仕留めており、その穴を埋めるために少数ではあるが銅級冒険者でも前線に出始める者もいたからだ。
マジックキャスターであるジャンもすでにけがの治療を終えており、魔法の詠唱を始めているようではあるが、明らかに最初に放つのに必要だった時間より長い時間をかけている。やはりケガによる痛みが集中力を削り、詠唱を妨げているのだろう。順調だ、ここまではかなり有利に戦闘を進めることが出来ている。
「どうすんだよ、ジーク!このままじゃ本当にまずいぞ。おまけにあのオーガ・リーダー、腕が触手のように伸びて…恐らくは亜種だ!奴の能力の底が見えないんじゃ対処のしようがない。何人無事に生き残れるか分からんが…ここはひとまず撤退して、これまでの情報だけでも持ち帰った方がいいんじゃないのか!?」
「……分かった。聞いていたなお前ら!必要最低限の物だけ持ってこの場を離脱しろ!殿は俺が務める!そして……生きてこのオーガ・リーダーの情報をギルドに報告しろ!それがこいつに殺された仲間たちの最大の供養だ!」
「おいおい、わざわざリーダーが殿を務めなくてもいいだろ!その役目は俺がやる。この中で一番強いお前が一番生存確率が高いんだから…お前がみんなをまとめて撤退しろ!」
「悪いがそれはできない。この追い込まれた状況の原因の一端は俺にもあるんだ。俺の考えの甘さがこの状況を生み出してしまったんだ。だから俺が残らなくちゃならないんだ。そうしないと死んでいった仲間たちに申し訳が立たない。お前は…生き残った冒険者を一人でも多くギルドまで届けてやってくれ。それが副リーダーであるお前の仕事だ!」
「…分かった。お前が俺たちのリーダーだったからここまで来られたんだ。本当に…今までありがとうございました!……総員、撤退しろ!」
冒険者が次々と森の中に入っていく。全員に逃げられてしまうのは経験値的にもかなりもったいないが、殿を務めているジークを無視して追撃することはできないだろう。死ぬ覚悟を決めた人間が最も恐ろしいからだ。
ジルを仕留めるつもりはないようで、時間稼ぎに全力を注いでいる。
とはいえ多対一でようやく拮抗した戦いが出来ていたのだ。地力の差はかなり大きく、ほどなくして彼も仕留めることが出来た。命果てるその瞬間までジルの足止めに全力を注いでいたところは、敵ながらあっぱれというほかない。
『ゼロ。敵ノ多クニ逃ゲラレテシマッタ』
『そのようだな。だが、主要な経路も含めて眷属を配置して監視しているから、多分まだ幾人かの冒険者を狩ることが出来ると思う。敵はいくつかのパーティーに分かれてバラバラに逃走しているみたいだ。何組かの部隊が殲滅されても、他のパーティーがその間にギルドに逃げ帰ればいいと思っているんだろう。つまり確実にジルの情報を持って帰るための策というわけだな』
『ツマリ、スベテノ冒険者ヲ殺スコトハ難シイトイウコトカ』
『かもしれないな。とりあえず今は俺たちが通ってきた方角に行ってくれ。人里に一番近い方角でもある。そっちの方角にかなりの数の冒険者が逃げて行ったようだ』
『分カッタ。セッカクココマデ追イ詰メタンダ。逃ゲラレテシマウノハ、少シモッタイナイ』
ジルはそう返事をするとすさまじい速度で駆け出した。明らかに先ほど撤退していた冒険者達よりも早い速度であり、追いつくのも時間の問題であると確信した。
すぐに冒険者達のパーティーを見つけることが出来た。彼らはジルの姿を確認すると、恐怖の表情を浮かべながらも、笛のようなものを鳴らし始めた。なるほど、ジルの姿を確認したときにその笛を鳴らすことで近くにいる他の冒険者に警戒を促し、即座にその場を離れるように伝えるためか。なかなか上手いことを考えるものだ。
ほどなくしてジルがその部隊の連中に追いつき戦闘が始まった。いや、戦闘というにはいささか一方的なものになってしまった。その部隊には金級冒険者はおろか、銀級冒険者の姿すらなかったからだ。
熟練の冒険者なら人里まで最短距離で移動するという、最もわかりやすい経路で逃げるようなことはしないと思う。周りの連中がそれを注意しなかったということは、他の冒険者から彼らは見捨てられたということなのか? いや、そいつらも自分たちの生存を一番に考えているはずだ。すこしでも己の生存確率を上げるため仕方のないことなのかもしれない。
やはり一筋縄ではいかないか。とはいえ現在、先に襲撃した2つの拠点にいた冒険者達を吸収している眷属を除く、他すべての眷属がこの周辺に集結しつつある。食事と睡眠をほとんど必要としないスライムが集まれば、監視体制は完璧であるといえるだろう。そしてその包囲網を抜けることはかなり困難なはずだ。
 




