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「……と、言う感じで、俺の復讐は幕を閉じたというわけです」
「ふむふむ、実に興味深い話だね。それで…」
こんな感じで親しげに話しているこのお方。その正体は神獣とも呼ばれる、世界でもかな~り珍しい種族であるドラゴンだ。
俺が復讐を成し遂げ浮ついた気持ちで空中の散歩を楽しんでいる最中に、偶然に出くわしたのだ。見た目の怖さから少しばかりビビってしまったが、話してみると意外にも気が合い彼女の住処にまで招待された。
そこで色々な話を聞いていると、何と彼女、俺と同じ元人間の特殊個体のドラゴンであったのだ。通りで話が合ったはずだよ。
転生先がドラゴンともなれば己の復讐もさぞ簡単に行ったのだろうと聞いてみた所、ドラゴンには永劫ともいえる寿命の代わりに卵の時代と幼体の時間が異常に長く、彼女が己の翼で飛んで移動できるまでに成長する頃にはすでに復讐を成し遂げたい相手が寿命によって死亡しており、彼女の故国もまた隣国によって攻め取られ無くなっていたのだとか。
復讐の矛先を無くした彼女はその隣国に八つ当たりをする気力すら湧かず、こうして自身の住処で引きこもりの生活を何百年と続けているのだそうだ。俺と遭遇したのは珍しく食料を狩りに行ったタイミングであり、非常に運が良かったというわけだ。…まぁ彼女と遭遇した事が俺にとって運の良い出来事なのか悪い出来事なのかは考えないでおくことにした。
「それで、今後の身の振り方とか考えているの?」
「勿論です。色々とやりたいことが山積していて困っているぐらいですよ。ジルが魔物の国を建国したという話は先ほどしましたよね?実はそこで宰相にならないかと勧誘が来ているんです」
「へ~宰相か。ずる賢そうな君ならぴったりな職業だね」
「エルフの国に行き、魔法の研究と言うのも面白いかもしれません。何でも、アーロン様ですら魔法の深奥を除くことすら出来ていないとおっしゃっていましたからね。『分体』と共同研究すれば、色々と捗ると思います」
「魔法の研究か…魔法によって助けられてきたから、その恩返し、そんな気持ちもあるのかな?」
「ドワーフの国に行くとすれば、商業ギルドで働いていたころの経験を生かして商人になるというのも悪くないと思います。レオン、そしてアルマさんとの連携で、耳寄りな情報をいち早く仕入てそれを生かした商業展開をすれば…」
「大儲けのチャンス!というわけか。なるほど、過去に決着をつけて色々と吹っ切れたから、その頃の経験を生かして商人の道を進むというのも悪くないのかも知れないね」
「ヴァンパイア国に行くとすれば、魔道具の研究でしょう。これは全くの未経験ですからね。より高みを目指すために新しい経験を積む…とても楽しそうですね。…ただその前に1つやっておかなければならない事があります」
「そうなのかい?」
「はい。後から分かったことですが、実は俺を嵌めた商人の1人が『教会』の総本山のある『アルテシア神聖国』に移住していたんです」
「なるほど、つまり君の復讐譚にはまだ続きがあったというわけか。つまりこれからその国に、滅びをもたらしに行くと?」
「はい。更にもう一つ、楽しみにしていることがあります」
「ギャバンに、君を大層恨むようにして殺したことかい?」
「その通り。まぁ、魔物に転生する可能性が低いということは理解していますが、ね。成功すればラッキーぐらいに思っておきます。そうして復讐にきたギャバンをもう一度俺の手で殺す…それを今後の楽しみの一つとしているわけです」
「一度殺すだけでは飽き足らず、二度同じ人間を殺す、か。君は余程執念深いんだね」
「当然でしょ?奴は罪のない俺を殺したんですよ?罪のある者の命と罪のない者の命、どちらが重いと思いますか?」
「ま、普通に考えたら後者だろうね。『命に区別はない!』とか言う奴は、偽善者か本物の大馬鹿者だけさ。だから2度殺す、実に理にかなった考え方だ」
彼女のこういった根本的な考え方が似通っていることが俺と気が合った原因だろう。己の復讐を成し遂げられなかった悔しさが、その考えをより加速させたようにも見えた。
「それで今はどのように滅ぼすのか算段をつけているのかい?『アルテシア神聖国』は歴史が古く、他国に対して強い影響力を持っているから簡単にはいかないんじゃないかい?」
「ですが『教会』は勢力が大きい分、一枚岩ではありません。様々な勢力が常にしのぎを削っており、相対的に『教会』すべての勢力が大きくなっているみたいなんです。つまりその様々な勢力の派閥争いを利用すれば…」
「意外にも簡単に行くかもしれないって事か」
「敵勢力の分断は戦術の基礎ですからね。連携が取れず戦力の分断された『教会』はそれほど恐ろしいものではありませんよ。オリハルコン級冒険者相当の強さを持つ『ドミニオン』もいると聞きますので、油断はしませんがね」
「なるほど、人間によるドロドロとした権力争いを利用するのか。なかなかに楽しそうな催しがありそうだ。非常に興味がそそられるね。どうかな?私も連れて行ってはくれないか?」
「え?その巨体で来られてしまえば、権力闘争どころの話ではなくなってしまうと思いますが…」
神獣という名は伊達ではなく、彼女の図体は優に30メートルを超えている。権力争いどころか、国が彼女を討伐するために一致団結しかねないほどだ。
「その辺りは大丈夫だ。『人化の術』が使えるからね。君の邪魔はしないよ」
「で、あるなら問題ありませんね。よろしくお願いします」
復讐を成し遂げたと言っても、俺の第2の生が終わったわけでもない。むしろ人間であった頃の借りを返し終わった今から始まったと言ってもいいだろう。頼もしい仲間を引き入れた?俺は新たな冒険に胸を膨らませた。ま、スライムボディーに胸は無いんだけどな!




