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炎と煙に覆われた都市。ここは近くに大理石の採掘できる大きな鉱山があり、美しい白い建物がいくつも立ち並んでいたライアル王国でも3番目に大きな都市だ。いや、だったというのがより正しい表現だ。それをギャバンを伴って上空から襲撃した。一方的な殺戮だ。ギャバンと言えどあまりの惨状に目を覆おうとしたが『支配』を使い、都市の細部、人々が死にゆくさまをじっくりと観察させた。
ギャバンから言葉では言い表せることのできないほどの負の感情が伝わる。ギャバンの『支配』を部分的に解除し口だけは動かせるようにした。
「見ていますか?ギャバンさん。これが貴方の過去の罪の結果です。貴方があのようなことをしなければ…この都市の住民は今日もいつもと変わらない平穏な日常を過ごすことが出来たでしょう」
「何を…何を言っているんだ貴様は!俺のせいだと?ふざけるな!俺が貴様を嵌めたことと、この都市を攻撃することにどういった関係があると言うんだ!」
「それは今の貴方の状態を見れば一目瞭然でしょ?この様な惨状を目にし、貴方はひどく苦しんでいる。それを見たかったからですよ?」
「俺を苦しめたいなら、俺だけに復讐をすればいいだろ!関係のない人間を殺すことを、俺のせいにするんじゃない!」
「いやいや、この都市が破壊されるそもそもの原因は貴方にあるのですよ。だってよく考えてくださいよ。貴方が私を殺さなければ、私はいまだに商業ギルドの一職員であったはずです。ってことはやっぱり、貴方が原因じゃないですか」
「………」
「貴方のツケを清算するために俺は罪を着せられ、すべてを奪われてしまった。だから俺は貴方からすべてを奪う。家族を!友人を!そして生まれ育った国すらも!貴方に関係する物すべてを蹂躙する。そうすることでようやく俺の復讐が達成されるのですよ」
ここまで言ってようやくギャバンの奴が観念したかのように黙り込んでしまった。反論しても無駄だと悟ったのか、それとも…
ちなみにギャバンが精神的に狂ってしまわないように『支配』の能力を使って上手い事コントロールしている。その為ギャバンはしっかりとした自我を保ちながらライアル王国の崩壊をその目で見続けるというわけだ。
ギャバン自身も狂うことが出来れば楽なのに…そんなことを思っているだろう。しかしそれは、俺から言わせれば逃げられてしまったと同義である。こいつには最後まで俺の復讐に付き合ってもらわなければ。
あれから1年の月日が流れた。ギャバンを連れてライアル王国のあらゆる場所に行き、破壊と殺戮を心行くまで楽しんだ。勿論その道中も苦難と混乱の連続だった。
気は狂っていはいないが、ギャバンの精神が負の感情に支配されなかったこともあったのだ。人の死に慣れすぎてしまったのだろう。その度にギャバン自身の手で、こいつの妻や子供と同じぐらいの年恰好をした人間を殺させ、トラウマを呼び覚まさせてやったものだ。
ただ、途中で負の感情だけではダメだ、感情には起伏と言ものが必要であると悟った。
そのため俺を討伐に来た冒険者との戦いで、わざとその冒険者に敗北しギャバンを心の底から喜ばせてやったものだ。まぁ、その敗北も所詮は俺の演技だ。首を斬り落とされ死んだふりをしていれば、上位の冒険者ですら簡単にだますことが出来た。
ギャバンが冒険者に涙を流しながら何度も何度も礼を言っている間に、その冒険者を殺した。その時のギャバンの表情ときたら…天国から地獄、まさにその言葉に相応しい有様であった。時がたった今でも思い出し笑いが出来るほどだ。
何度か冒険者を返り討ちにしていると、冒険者そのものが討伐に来ることが無くなってしまった。俺を想定以上のバケモノと評価したのだろう。『分体』に調べさせたところ、俺が逃がしたライアル王国の民からの情報が行っていたようで、俺に他国を侵略する意思はないことを知り、不干渉を貫くつもりのようだった。
ちなみに『教会』の勢力からは一切の干渉が無かった。『ヴァンパイア』によってもたらされた被害が俺が思う以上に大きかったのかもしれない。そのため他国に戦力を派遣することが出来なかった…十分にあり得そうだ。情けは人の為ならずとはこのことだと思った。ま、仮に派遣されたとしても、いくらでもやりようはあったとは思うがな。
笑いあり涙あり、何のかんのと楽しい1年であったが、それもついに終わりを迎える。ライアル王国の最後の町をつい先ほど蹂躙し終えたのだ。
「ギャバンさん、非常に残念なお知らです。ついにライアル王国のすべての都市や街を破壊しつくしてしまいました」
「………」
「約束した通り、俺は貴方が死にたいと望む限り貴方を殺す気はありません。よってこれからは第2ラウンド。貴方が心の底から死を望むほどの拷問を施そうと思います」
「な……き…」
「何言ってるんですか?ちゃんと喋ってくれなきゃわからないですよ。…そうそう、貴方がずっと疑問に思っていたであろうことに答えておこうと思います。俺は騎士団に殺されたはずなのに、どうして生きているのか。聞いた話ですが、人間は強い恨みや憎しみを抱いたまま死ぬと、極稀にですが魔物として転生することがあるそうなんですよ。つまり今の俺は魔物なんですよ。ですからギャバンさん、俺に復讐をしたいと望むのでしたら頑張って魔物に転生して、俺を殺しに来てください。おっと、イケナイイケナイ。そういえばまだ、貴方はご自身の死を望んではいませんでしたね。安心して下さい、すぐに望むようにして差し上げますから。まぁ、死を望んだとしても、しばらくは生かしておくつもりですがね。よーし、頑張るぞ~!」
それから更に半年ほどかけてゆっくりとギャバンの体を少しずつ溶かしてやった。早いもので初日から死を望んでいたが、前述したしたように当面の間は殺すつもりが無かったからな。王国中にあるポーションなどを使って頑張って延命させたのだ。その様子をすべての『眷属』にも見せてやった。反応は上々。皆俺を讃える声で一色だったな。訓練した甲斐があったと言うものだ。
俺が殺されてからおよそ12年。俺の長い復讐譚がようやくここで完結した。




