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「ホーネスト…貴様が!貴様が俺に何かしたんだろ!」
流石にここまでやればどんなに鈍い奴でも気が付くか。その問いに答えることなく鼻で笑い、慈悲を与える予定である、騎士の連中を殺した人々の元に向かう。律儀にも全員が王城の玄関ホールに集まっていた。俺の機嫌を損なうのは危険と判断し、気を利かせてくれた結果だろう。
民衆の前に立ち、堂々とした立ち振る舞いでこれからの事を説明する。
「事前に説明した通り、君たちには慈悲を与える。これから俺の『転移』の魔法により国境付近まで送り届けるつもりだ。ゲームをクリアしたお前たちにはあらかじめ伝えておくが、俺はこの国にある都市や街などを破壊しつくす予定だ。王国内に留まるのはおすすめしないな」
『転移』の魔法と聞いたとき、人々がぎょっとした表情を見せた。それはかつての俺と同じ反応だったなと思い、少しだけ懐かしい気がした。
「そこから先はお前たちの自由にしろ。例え俺の注意喚起を無視し、近くにある王国内の都市や街に赴き俺の襲撃に備えろと喧伝しようとも俺は一切干渉しない。ただ、俺が2度目の慈悲を与えることは無いということだけは知っておけ」
一応、警告だけはしておく。しかし、ここにいる連中の反応からだと、助けに行こうとする気概は感じられない。卑怯とは思わない、自分の命が一番だと思うのは生物として当然の気持ちである。何よりもついさっきまで死と隣り合わせだった環境だったこともあり、生にしがみ付く気持ちは一入のはずだ。
「逃げた先の国で、俺の情報を冒険者ギルドや国、『教会』に訴えてもそれに対し報復をすることは無い。返り討ちにして経験値に変えることが出来るからな!…と、ここまでで何か聞いておきたいことはあるか?」
念の為に尋ねてみたが反応する者はいない。ならば話は終わったとばかりに、『転移』の魔法を即座に発動する。民衆を前につらつらと話していたのも『分体』の咏唱する時間を稼ぐためであったわけだが、彼らがそれを知ることは無い。彼らの移住先で、さぞ俺と言う存在の恐ろしさを広めてくれることだろう。しばらくすると周りの景色が一変、大きな街道の真ん中に『転移』した。
「この街道をまっすぐ進むと半日もすれば隣国に辿り着くだろう。それとこれを渡しておく。王国の魔術師ギルドで回収したマジックバックだ。中には旅の必需品と最低限の武器とポーション。あとは金銭を入れておいた。これで移動した先の隣国での生活も当面の間は大丈夫だろう」
自分でも思うが結構な施しだと思う。まぁ、せっかく助けた命だ。つまらないことで失ってもらっても後味が悪いからな。
「俺がいつまでもいては、お前たちの気が休まることは無いだろうからな、さっさと帰らせてもらう。俺の忠告をゆめゆめ忘れることが無いように」
再び『転移』を発動して王城に戻ってきた。戻りは俺1人ということもありすぐに詠唱が終わる。そこには俺の『眷属』と『分体』、そして依然として俺を睨め付けてくるギャバンがいた。
『転移』した先の、街道に置いてきた人々の様子を『眷属』を通じて確認する。俺がいなくなった途端、即座に行動を開始し街道をものすごい速度で移動し始めた。殺すつもりが無いという、俺の意志がどこまで信用できるのか不安に思ったのかもしれない。まぁ、逆の立場なら俺もそうしただろうから、そこを不快に思うことは無い。優しい気持ちで見送ってやった。
「おっと、すみませんねぇギャバンさん。放置してしまって」
「くそ!くそ!くそ!くそ!貴様なんてさっさと死ね!死んで皆に詫びろ!このクソ野郎が!!」
かつてギャバンの口から放たれる暴言は平凡な俺にとって恐ろしいもでのあったが、今では甘美なる響きとして聞こえるのだから不思議なものだ。
「さぁ、俺を殺せ!だが貴様も終わりだ!こんな騒ぎを起こせば、貴様にもすぐに討伐隊が組まれるだろう!!」
「殺す?いやいやいや、俺言いましたよね?貴方の手で自分の家族を殺せば、貴方が死を望まない限り殺さないって。俺って貴方と違って結構律儀でしてね、嘘はつきますが約束は守る男なんですよ?」
「ふん!貴様に俺を殺す気が無いというのか!ならばそれでもいい、いずれ貴様を超える力を手に入れて、貴様に復讐してやる!」
「どうぞどうぞ、ご自由に。ただ『今は』、殺す意思はないとは言いましたが、それ以外の、貴方を苦しめるすべての事を止めるとは言っていませんよね?」
これからライアル王国の殲滅計画を実行する。王都の殲滅は序章に過ぎないわけだ。同行者は『眷属』と『分体』そしてギャバンだ。こいつの目の前で大量殺戮をし、ギャバンに向かって言ってやるのだ。『お前のせいでこうなったのだ』と。その時のギャバンの表情が今から楽しみで仕方ない。




