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王城まであと一歩。そこまで接近してようやく俺の侵攻を阻むための王国兵が、道を遮るように大きく展開されていた。
俺の動向を探る索敵兵の存在は最初から察知していた。これを見逃し、のんびりとした歩みで王国兵たちが迎撃態勢を整えるだけの準備時間を与えたのは、王国兵がいくら束になろうとも負けるわけがない、そんな高慢な考えだけではなく、兵士らを殺すために王城中を歩き回るのは少しばかり面倒だと考えていたからだ。
だったら兵士達に俺の侵攻を防ぐために、王城から出て軍を展開するだけの時間的余裕を与えたというわけだ。もちろん王城を囲う高い城壁を利用して俺の侵攻を防ぐ可能性も考えられたが、その広い城壁すべてにアダマンタイト級以上の実力を持つ敵を迎え撃てるだけの軍事力を持つ国はないだろう。
それよりは地の利を捨てることにはなるが城壁から降りて、大通りに兵士たちによる分厚い陣…というより肉の壁を構築するのではないかと考えたわけだ。そしてその予想は的中したようで、王城内にいたほぼすべての兵士が俺を迎え撃つために大通りを遮るようにこの場に勢ぞろいしていた。
もちろん指揮官などをあらかじめ『支配』することで、俺の思うように動かすことも出来たがそこまでする必要性を感じなかった、つまり王国軍など今の俺にとってはその程度の存在でしかなかったというわけだ。
王国兵の攻撃力で俺をどうこうする術はない。大した強さを持たない王国兵のなど『ファイヤー・ストーム』などの広範囲の魔法で一掃することも出来るが、俺を拷問の末殺した騎士たちがあの中にいる。魔法によってひと思いに、苦痛を味わうことなく楽に殺してしまっては俺の気が収まらない。
仕方がないので1人ずつ、顔を確認しながら兵士たちを殺すしかなかった。ただその作業を『本体』のみで遂行するのは流石に時間がかかりすぎるので、『分体』を20体ほどこの場に連れてきていた。
その『分体』には王国兵の背後に待機させている。つまり『本体』である俺と王国兵をはさみ討つような形だ。強者の余裕として王国兵に先手を譲ってやっても良かったが、残念ながら王国兵に積極的に動く気配が見られ無かった。
まぁ、王国兵達にもある程度の情報は行っているだろう。つまりは俺がアダマンタイト級冒険者を歯牙にもかけないほどの、圧倒的な強さを持っていると彼らは知っているというわけだ。積極的に動きたくない、そう考えてもおかしくはないわけだ。
しかしこのままでは無為に時間を消費することになってしまう。時間が勿体ないので『分体』に王国兵の背後からの攻撃を開始させた。
するとすぐに悲鳴やら泣き言やら怒号やらが王国兵から聞こえてくる。許しを乞う声も聞こえるが、憐憫に思うことは無くだからどうした?と言う冷たい気持ちにしかならない。
俺も拷問されている最中に何度も助けを呼んだんだ。だが、そのどれもがことごとく無視された。自分たちがしてきたことを今やり返されている。ただ、それだけの事だ。
突然の背後からの奇襲に王国軍の兵士達はすぐに混乱に包まれていた。今までは、いざとなれば王城に退避できる、そういった心の余裕が多少なりともあったはずだ。しかし背後を『分体』によって断たれたことで王国軍の生き残る道は『俺』を殺すしか残されていないという事だ。
覚悟を決めて俺に襲い掛かって来る…そう期待したが、やはりダメであった。やはりアダマンタイト級を殺したという情報が王国軍全体の士気を下げているのだろう。展開している軍の真正面にいる、最も倒しやすい位置にいる俺に向かってくる者は無く、背後に回っている『分体』にばかり兵を差し向け場当たり的な対処しかできていない。
断たれた退路を確保するという意図もあるのだろうが、仮に『分体』を倒し退路を確保したとしても王国軍が俺を殺さなければ状況は一切変化しないというのにな。
いよいよもって待つのも面倒になってきたので『本体』である俺も前進を開始した。急遽設置したであろう拒馬の後ろから王国兵達が矢を飛ばしてくる。魔法が飛んでくることもあったが、エルフから教わった『エアリアル・フィールド』の魔法がこれを軽く弾き飛ばす。
のんびりとした歩みではあるが、俺と王国軍との距離は着実に近づいている。鋼鉄によって拵えていた重厚な拒馬も『エアリアル・フィールド』に触れた瞬間大きな音を立てて弾け飛んでいく。
王国軍の兵士はこれまでいくつもの紛争を経験し、そのたびに敵の突撃を防ぐこの拒馬が活躍していたと聞く。つまりこの国の兵士にとって、自分たちの命を助けるファクターの一つとして大きな心のよりどころでもあったはずだ。それを意識するでもなく、簡単に弾き飛ばす俺の姿をみた王国軍の心境は絶望以外の何物でもないはずだ。それを想像するだけでワクワクが止まらない。
俺が一歩、また一歩と進むと、王国軍の前衛の兵士たちが同じ距離だけ後退する。俺はまだまだ前進することが出来るが王国軍の前衛の兵士たちはそうはいかない。当然背後にも兵士がいるからだ。おまけに更に後方は俺の『分体』によってかき乱されている。
そうして少しずつ距離を詰めていくと、しびれを切らした…ではなくあまりの緊張で混乱してしまったのか、ようやく俺に襲い掛かって来る兵士がチラホラと出始めた。
『エアリアル・フィールド』で消し飛ばすのは容易ではあるが、やはり誤って俺の復讐の対象を消し飛ばすのは望ましくないので、魔法の発動を止め剣で1人ずつ顔を確認しながら殺していった。
それを見た指揮官らしき男が俺の魔力が尽きたと判断したようだ。威勢よく「奴の魔力が尽きた今が絶好のチャンスだ!」と周りを鼓舞している。この程度で魔力が尽きたと舐められた気もするが、亀のように閉じこもっていられるよりは遥かに楽ではある。
堰を切ったように次々と襲い掛かってくる兵士達。それを斬り飛ばしていく俺。着実に数を晴らしていくとようやく、俺の復讐の対象である騎士団の姿を発見した。
この10年という月日によって老けてはいるが、俺が奴らの顔を見間違えることは無い。剣の腹で対象を叩き気絶させ、魔法によって被害の及ばない場所まで移動させておく。すべてが終わったとき、その後でゆっくりと調理してやるために。




