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およそ10年ぶりぐらいだろうか。ライアル王国の王都にある大きな城門をこの目で見るのは。
10年前はこの光景が日常の一部であった。別にそれを幸福と感じたこともないし、特別なものと感じたこともなかった。それでも俺の大切な生活の一部だった。それをギャバンによって不当に奪われた。
ライアル王国に向かう道中はそれなりに急いで移動してきたわけだが、もうすぐ復讐を成し遂げることが出来る。その相手が目と鼻の先にいると思うと逆に冷静になり、今は焦らずのんびりと入城の為の検査の列に並ぶことが出来ている。
そんな事を考えていると、城門にいる兵士が、俺の入城の為の検査の順番が回ってきたと声をかけてきた。
「おいおい、何ぼーっとしてんだ。さっさとこっち来てカバンの中身とタグを見せろ。お前みたいな冒険者と違って、こっちは色々と忙しいんだ」
「あぁ、すまんな。少し考え事をしていた」
「ったく……ミスリル級冒険者のネスだな。カバンの中身は野営用の道具が一式と…結構量があるな、これじゃ全部見るのに時間がかかっちまうぞ…」
…なるほど、暗に賄賂を要求しているというわけか。先ほどからチラチラと俺の膨らんでいる財布を見ている。中身が大量にある事は分かっているから、多少の融通を効かせるから金をよこせと言っているのだ。
こんな奴の要求を聞くのは癪ではあるが、こんなことに時間をかけたくもない。財布の中から銀貨を1枚取り出し、その兵士に渡す。
「…ん!特に怪しいものもなさそうだし、何よりミスリル級の冒険者だ。怪しい行動をすることもないだろう。通ってよし!」
この辺りのことは10年前と変わりがない。他国なら貴重な戦力である冒険者に喧嘩を売るような行為は行われないが、この国はかなり裕福と言うこともあり国に雇われている一般の兵士ですらでかい顔をしているのだ。
人間であった頃にも何度か経験したことがある。ある意味これも懐かしいと言えるだろう。良い記憶ではないがな。
王都を囲う城門を潜り抜け都市の中へと入る。見慣れた光景に見慣れた街並み。いくつかの馴染みのあった店が潰れ、そこに新しい店が建ってはいたが大きな違いは感じられなかった。
それを見て感じたことは懐かしいという感傷に近い感情よりも、俺を不当に殺しておきながらこの国の民がその事実すら知らず今も平穏で安定した生活を送っていることに対する不快感であった。
もちろん、一般市民がその事実を知らないことは当然であるという気持ちもある。今俺が感じているこのモヤモヤとした感情は、俺のワガママであるという自覚もある。それでも…自分のその気持ちを抑えることが出来そうには無かった。
そんな自分でもどうしようもない感情を抱きながらとりとめもなく歩いていると、いつの間にかある一点を目指して歩いていることに気が付いた。前世の自分の家だ。俺が人間として死ぬ前にすでに両親は他界しており、親しい親族もいなかった。その家が今どうなっているのか、それが無性に気になっていたのだ。もちろん当時と同じ状態ではないはずだと理解してはいるが、どこか過去を懐かしみたい、そう思ったのかもしれない。
俺の生まれ育った家だ、様々な記憶が思い出される。学校でいい成績を取ったとき両親はとても褒めてくれて嬉しかったなぁ。商業ギルドに就職が決まったとき「これで将来は安泰だ!」と我がことのように喜んでくれたなぁ。そんな両親が貴族が乗る馬車に轢かれて死んだと聞いたときは身が裂かれるんじゃないかってほど悲しい思いもした。そんな嬉しい記憶も悲しい記憶も、たくさんの記憶がいっぱい詰まっている家を見た時、もしかしたらこのいかんともしがたい感情にケリを付けられるかもしれない。そんな期待にも似た感情を抱いてその場所を目指していたのだ。
ようやく着いた。この場所で間違いないはずだ。しかしそこには俺の記憶にある家など跡形も残っておらず、ご近所さんの家もろとも消え去って、大きな倉庫が建てられていた。
なんというか…この国から俺の存在すべてを否定された、そんな気持ちにさせられた。
俺からすべてを奪っておきながら、俺のわずかに残った痕跡すら消し去った。この国にあった、わずかばかりに残っていた情が一瞬にしてなくなったような気がした。
いいだろう、お前たちがその気なら俺も徹底してやり返してやろう。
お前たちが俺の痕跡の一切を消し去ったように、俺もお前たちからすべてを奪い消し去ってやる。そこに一切の情をかける余地は存在すらしない。その機会を奪ったのもまた、お前たちなのだから。




