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人間を『同化』し、死者の記憶を探ることが出来るようになったことで分かったことがある。それは人間は首を跳ねられても、しばらくの間は意識がちゃんと残っているという事だ。
つまり、たった今首を跳ねられたベルサレム卿はまだ意識が残っているという事。彼の目が自身に起こったことが理解できていないと、そう語っているように見えるのは気のせいではないという事だ。
彼の髪を掴んで、首を俺の目線まで持ち上げた。
「アンタには結構感謝している。剣技とか学ばせてもらったしな。その感謝のしるしに、アンタには苦痛なき死を与えることにしたんだが…」
彼の口がわずかにだがパクパクと動く。「何を言っているんだ」とでも言っているのだろう。だがこれは俺の本心だ。エルメシア様は結構慈悲深い所があるが、彼女の配下にはそれが無い。
同胞の境遇に怒り、その怒りの矛先を『教会』の関係者であるこいつに向けるなんて十分すぎるほどに考えられる。それを考えれば、恐らくは簡単には死なせてくれるということはないだろう。それに比べれば俺のしたことは慈悲以外の何物でもない。
彼の目が少しずつ濁っていく。あぁ、ようやく命が尽きたか。彼の首をその辺にポイっと放り投げエルメシア様に向き合う。
「今の動きはなかなかでした。私との特訓も少しは身になっていたようで安心しました」
「そ、それは、もちろんですよ…」
あれほどの地獄を経験しながら成長しないなんてありえない。わずかに思い出してしまった特訓内容に身を竦む様な思いを抱く。
「それで、捕らわれていた同胞なのですが…」
「戦闘の被害が及ばないよう、端の方に移動させています」
そう言って彼女を案内した先には、何の変哲のない棚があった。と言ってもこの棚は本物の棚ではない。俺の『分体』を棚に『擬態』させて、捕らわれていたヴァンパイア達の姿を隠していたのだ。
『擬態』を解除し、『元』ヴァンパイア達のありのままの姿をエルメシア様に見せた。
「…貴方からの報告を受けた時、心のどこかでは回復する見込みが多少なりともあるのではないか…そう淡い期待を抱いていました。ですがこれでは…」
生かしておく方が可愛そうだ…多分そう言いたかったのだろう。それは俺も同意するところだ。口に出して最後まで言わなかったのは、心のどこかで、まだ現実を受け入れたくないという思いがあるからか。
「それで…どうします?エルメシア様の配下の方々も、直にここに集うと思いますが」
「彼女らが来るのを待ちましょう。万が一…いえ、億が一でも、彼らを救う手立てを知っているかもしれませんので…」
とは言っているが、言葉の感じからすると半ば以上、いやほとんど諦めてはいるだろう。俺からすれば、ここに捕らわれていたヴァンパイアなんて今日初めて会った連中だ。どんなに悲惨な目にあっていようとも、可哀そうだな…と思うのが精々だ。
しかしエルメシア様はヴァンパイアの国では責任のある立場である。寿命の長く、種の数が少ない彼女達からすれば、ヴァンパイは皆顔見知りなのだ。顔見知りがこのような有様では少なからず思うところはあるはずだ。
彼女になんて声をかけたらいいのか分からず、しばらくの間沈黙が続く。そうこうしている内にこの部屋に入ってくる一団がいた。俺が呼び寄せたエルメシア様の配下のヴァンパイア達だ。
一様に捕らわれていたヴァンパイアの姿を見て驚愕し、怒りをあらわにした。
「これが…これが人間達のすることか!許せん、絶対に許せん!」
「エルメシア様!この国に住む人間達に、我らが同胞が受けた屈辱以上の罰を与える命令を下してください!」
「そうです!二度と…二度とこのような悲劇を生まないために、我らの恐ろしさを愚かなる人間達に骨の髄まで味あわせてやりましょう!」
最初の内は黙って聞いていたエルメシア様だったが、静かに口を開く。
「皆の怒りは最もと言えるでしょう。決を採ります。この国に報復することに対し、賛成する者は挙手して下さい」
ヴァンパイア達が一斉に手を上げた。ちなみに俺は直立不動の態勢だ。部外者だからな…と、思っていたら、彼女の配下が俺をじっと見つめて来た。俺の意見も聞くということか。すっと手を上げると、満足そうに頷いていた。いつの間にかお仲間認定されていた。まぁ、悪い気はしない。
「全会一致。よってこの国に対しする報復活動を開始します。まずはここ、王都『ガブルレスト』から始めましょう」
望むべく展開になったことにどこか喜ぶ自分もいるが、捕らわれていたヴァンパイア達の境遇を思うと素直には喜ぶことのできない自分もいた。所詮俺に出来ることは、この国に報復して彼らの無念を晴らしてやることぐらいしかないのだ。いくら強くなってもできないことはある、少しだけ物寂しい気持ちになった。




