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「その程度の敵を倒すことに、なぜこれほどの時間を必要とするのですか?貴方は」
「その程度って…彼は人間種でも指折りの実力者ですよ?」
「な…何だ貴様は!どこから現れたんだ!」
と、俺とエルメシア様の会話を遮るように大きな声で叫んだベルサレム卿。彼の混乱も最もと言えるだろう。なぜならこの部屋にある唯一の扉は俺の『ファイヤー・ストーム』によって塞がれているからだ。
しかし彼女の強さを知る俺からすれば、「まぁ、彼女なら俺の魔法如き容易に突破出来るだろう」と考え付くわけだが、初対面の彼にそのことを想像するのは少々難しいだろう。
「当然、そこの扉から入ってきました。他に方法があるのでしょうか?」
「そんなことを言っているんじゃない!第一あそこには、魔法に巻き込まれていないかった僕の配下がいたはずだ!」
「無論、その方々もこちらで対処させてもらいました。数だけはいましが、あの程度の腕では私の足止めすることすら不可能でしょう」
「足止め…だと…」
彼に同行していた『テンプルナイツ』は『ドミニオン』の直臣だけあって、最低でも金級冒険者相当の強さを持っていた。数もそれなりにいたようだし、装備品もかなりの物だった。戦力とすれば国の一個大隊以上の戦力であったはずだ。それを足止め以下と断ずる彼女の異常性を、彼は一体どれほど理解できているのだろうか。
「さて、話を戻しましょうか。ゼロ、先程の質問の答えは?」
「先ほどの質問と言うと、彼を未だ殺すことが出来ていなかったという事でしょうか?殺すだけならそう難しい事ではありませんが、彼の処遇をエルメシア様の判断に委ねようと思いまして。待ち時間が暇にならないよう、彼の剣技を見て勉強させてもらっていたんですよ」
「…私との特訓に不満があったという事でしょうか?」
「そ、そう言うわけではありませんが…実力が離れすぎていまして、訓練によって動体視力や身体能力を向上させることは出来ましたが、小手先の技術、つまり剣技などはあまり上達することが出来なかったと言いますか……っと、そういえばその皮袋に入れた物は何ですか?」
「露骨に話を逸らしましたね。まぁいいでしょう。ここに来る途中に倒した者です。他の教会の兵士より多少は強かったので、貴方に記憶を見て頂こうと思い、持ってきました」
敵の目の前で俺の能力をバラすなよ…とも思ったが、彼女がそんな配慮のできない方ではないことは十分に承知している。つまりベルサレム卿を生かしてここから逃がすつもりはないという事だ。
彼女は雑に皮袋から中身を取り出す。中にあったのは人の生首だった。……ん?この顔どこかで見たような気が…
「サ、サンダーク…卿?」
そう!サンダーク卿と呼ばれていた『ドミニオン』の1人だ。ちなみに先ほどか細い声でそう呟いたのはベルサレム卿だ。隠れるようにポーションと魔力ポーションをこそこそと使い、逃げの準備をしていた彼だったが思わずそう呟いてしまっていた。気配をずっと殺していた彼だったが、思わず呟いてしまう、それほどの衝撃であったということだ。
「ああ、悪いね。ずっと君を無視してしまっていて。さ、続きを始めようか。ただ、君には悪いけどここからは本気で行かせてもらう。あまりエルメシア様を待たせるわけにもいかないからな」
「ま、全くだよ。君たちの隙を突いて殺すのは容易いけど、そんな野蛮なことは僕の美学に反するからね。せめて最期の時ぐらいと、仲間との別れをする時間を与えてやっただけさ」
と、言ってはいるが彼からは戦う意思は見られない。俺に初撃を加えた時、彼は膂力を上げる小手と移動速度を上げる具足の魔道具の両方を起動し攻撃力を上げていた。しかし今は、移動速度を上げる魔道具のみ起動している。つまり『闘争』よりも『逃走』を選んだわけだ。
ちなみにそれが分かったのも『索敵』の能力を強化し、微細な魔力反応も察知できるようになったためだ。訓練の成果が少しは出ている、こんなにうれしいことは無い。
じりじりと横に移動し、攻撃するタイミングを計らっているように見せながら、この部屋にある唯一の扉に少しずつ近づいている。『ファイヤー・ストーム』が依然として展開中ではあるが、彼の強さなら突破するだけならそう難しい事ではないだろう。
エルメシア様に動く意思は無さそうだ。つまり彼を殺しても問題が無いという事。少しばかり目線をずらして隙を作り出す。まぁ、眼球の動きなど俺の視界には一切影響はしていないがな。当然そんなことを知らないベルサレム卿は、その隙を突いて扉に向かって一直線に駆けて行き…そんな彼に悠々と追いつき、後ろから首を跳ね飛ばしてやった。




