239
ベルサレム卿と呼ばれている奴が俺に胸に深々と剣を突きたてる。躱すことも出来たが、刺突攻撃では『核』さえ攻撃されなければ俺に大きなダメージを与えることは出来ないため、あえてその攻撃をこの身で受け止めてやることにした。ちなみに人間に『擬態』している間、俺の『格』は臀部に設置している。この辺りを攻撃してくる人が少ないというのが俺の経験則だ。
俺に剣を突き刺したまま後方を肩越しで確認し、俺の放った魔法が一切の劣えを見せないことに驚愕した表情を見せる。確か魔法を発動した術者が死ねば、放たれた魔法は消滅するんだったか。
心臓を貫いたことで俺を殺したと判断したのだろう。しかし、魔法が消滅する気配が一切ない。だから驚いている、そんなところだろう。
「ば…馬鹿な!何で魔法が消滅しないんだ!」
「それはね、俺が心臓を貫かれても死なないからさ」
ベルサレム卿が反応するよりも先に彼の剣を持つ手を掴む。そして、もう片方の手で持っていた俺の剣を彼に向けて振り下ろした。致命傷になる…そう思われた一撃は、彼がその身を逸らすことでわずかにだが躱されてしまう。
それでも少なくないダメージは与えることが出来た。剣に付着した血がそれを証明している。このまま押し込んでいこう…そう思っていたが手を振りほどかれてしまい、一気に距離をとられてしまった。しかし彼の剣は俺の体に突き刺さったまま。彼の戦闘力を大きく削ることが出来た…と思っていたが、腰に下げたポーチから新しい剣を取り出していた。
なるほど、マジックバックか。それならいくら剣を使い捨てても大丈夫というわけか。ただ、彼が今持つ剣は俺に突き刺さったままになっている剣よりも大分劣っているように見える。つまりは予備武器。彼の戦闘力が低下したことに変わりはないか。
「貴様…一体何者だ!」
「俺は『ヴァンパイア』ではない、『スーパーヴァンパイア』だ。俺には心臓が3つあり、そのすべてを破壊しないと俺を殺すことは出来ないのだ!」
「スーパーヴァンパイア…だと…」
「そう、『スーパーヴァンパイア』だ!貴様が先ほど潰したのは俺の第1の心臓。残り2つの心臓を破壊しない限り、俺を倒すことは不可能だ!ふはははははは!」
ちなみに第1の心臓?を彼が剣で貫いたときに傷口から出血したのは、ここに捕らわれていたヴァンパイア用にと準備していた『血液』を皮袋に入れ、それを体内で保管していたものだ。
「騙されるかなぁ」と軽い気持ちで貫かれる瞬間にその保管していた場所を移動させ、心臓から出血したかのように見せたわけだが、彼の様子を見ると思いのほか上手くいったという事なのだろう。
ちなみに『スーパーヴァンパイア』なんて存在しない。いや、もしかしたらこの広い世界を探せばいるのかもしれないが、少なくともこの近辺には存在しないと思う。
では何故そんな未知の生物の名前を作り出し名乗ったのかと言うと、簡単に言うと暇つぶしだ。もちろん彼の武術を観察することで、次に戦うことになるかもしれない『ドミニオン』との戦闘に備えるという面もあるが。
俺の実力でも彼を倒すことは可能ではあるが、無力化するとなると少々手に余る。彼も俺が不死なのではなく、残りの心臓を破壊すれば倒せると判断すれば撤退をせずに戦いに集中してくれるだろう。
彼とほどほどに戦いながら、エルメシア様がこの場に到着するのを待つ。彼の処遇をエルメシア様の判断に委ねることにしたのだ。
欺くして俺の企ては成功し、彼との戦闘が再開した。
『ファイヤー・ストーム』を発動しながらの戦闘は困難なものになると思われたが、その発動を『分体』に任せることで、本体である俺は目の前の彼との剣戟に集中できた。
魔法の発動も事前に詠唱を『分体』にさせておくことで、必要なタイミングで即座に魔法を放つことも出来る。今もこの部屋の各地に配置した『分体』でベルサレム卿の剣術を四方から観察することで、彼の戦闘スキルを学ぶことが出来ている。まさに『分体』様様だ。
そうして彼の剣技をつぶさに観察することで分かったことがある。彼と比べるとジルの剣術は自身の剛腕だよりの力任せの剣技であったし、レオンの剣術も獣人としての高いバネ頼りの剣技であったということだ。
純粋に剣技のみで言えば先の2人は、目の前にいるベルサレム卿に勝つことは出来ないと断言出来る。それほどの腕前をしているのだ。まさに敵でありながらあっぱれというほかなかった。そして俺は今、そんな彼の剣技を戦いながら学び少しずつ自身の剣技に反映させている。
ベルサレム卿も少しずつではあるが違和感を覚えていることだろう。俺の剣術が、自身の使う剣術と似通ってきていることに。だが完全に同一になることは無い。なぜなら彼の剣技はあくまでも人間が使うことを目的としているものだからだ。
つまり俺はこれからこの学び取った技術を自身の物へと昇華させなくてはならない。その道のりも遠いものになるだろうが、『分体』と協力すればそう難しいことでもないだろう。そんな事を考えながら戦っていると、不意に声を掛けられた。おっと、もうそんなに時間がたっていたのか。戦いに集中するあまり『彼女』が接近していることに全然気が付かなかった。




