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「では、陽動の方は頼みます。決行は10日後の深夜。あなた方が騒ぎを起こし『ドミニオン』が1人でも『教会』を離れたことを確認したら、私が『教会』に潜り込み結界を展開している魔道具を破壊します。その後の事は…その時に決めましょう」
「分かりました」
かなりザックリとした計画だが、今回の襲撃において味方がかなり強いという事もあり下手に計画も練るよりも各自が臨機応変に行動した方が良いと判断したのだ。
事実、エルメシア様の配下のヴァンパイアは結界内部でも最低でもミスリル級冒険者以上の強さをもち、さらに致命傷以外の傷なら即座に完治し、大きな傷でも人の血液を吸うことで即座に回復。おまけに魔力まで回復できるという、長期戦でも問題なく活動できる高い継戦能力を持つ。
ちなみにゲオルグ君がやられてしまったのは、『テンプルナイツ』の強さを見誤っていからだ。彼も油断しなければもしかしたら生き残れたかもしれない。つまりヴァンパイアとはそれほどの生まれながらの強者というわけだ。
そんなわけで下手に作戦を練ってしまうと、むしろそれに意識をとられてしまい足を引っ張りかねないと判断したのだ。だからこそ俺からのサポートは最低限に留めておく。
「それと、先程渡した俺の『分体』は作戦開始前にしっかりと首周りに装着してください。防御力は…ないよりはマシ程度ですが、『念話』によるサポートは他の種族からの人気もかなり高いですからね」
「はい、皆に伝えておきます」
「善意から伝えておきますが、『念話』を使うという事は一度その情報は俺を経由すると言うことになります。作戦の経過報告などには問題は無いでしょうが、国の根幹に関わるような重要な情報を『分体』でやりとりする事をお勧めしません」
無論、俺はその情報を悪用するつもりはない。本当に善意から、それを伝えておく。
「ええ、了解しました………ですが、あえて最重要機密を貴方の『分体』に流すことで、貴方が我々の手を離れられないようにすることも…出来るというわけですね?」
「そ、それは…出来れば遠慮してもらいたいです。俺には俺の、為すべきことがありますからね。まぁ、すべてが終わったとき、もしかしたら再びこの地に戻って来るかもしれませんが」
「ふふふっ、冗談ですので安心してください。彼のように復讐を成し遂げた後、自棄にならないことを願っていますよ」
『彼』と言うのは『特殊個体』のゴブリンの事だろう。そもそもではあるが、何故彼女がそのゴブリンと知り合ったのか理由が気になるが、それを聞くのは少々無粋な気がした。長く生きていれば色々なことを経験するのだろうと納得することにする。
「では、会談もこの辺りでお開きにしましょう」
「はい。ちなみにこの後、何かご予定が?」
「情報収集は『分体』でも出来ますので、俺はせっかく手に入れた『ヴァンパイア』の能力の訓練をしようかと」
「なるほど、強者でありながら強くなることに手を抜かない。良い心がけだと思います。そうですね…よろしければ色々と指南しましょうか?」
「こちらとしてはありがたい事ですが…エルメシア様の都合は大丈夫なんですか?」
「問題ありません。私の配下が直にここに来ることになっています。彼女に貴方の『分体』を渡しておけば、計画に支障は無いでしょう。それに少しぐらいは貴方の修行に付き合っておかないと…こうも施されるばかりでは、少々居心地が悪いですからね。少しぐらい恩を返しておかないと」
そこからの10日間は一言で言うと地獄だった。
俺が死ぬ寸前までの戦闘訓練の後、彼女の配下がどこからか持ってきた『テンプルナイツ』の血を『ヴァンパイア』の能力を使って吸わせて、俺を強制的に回復させる。その繰り返しを昼夜を問わず、何度となく繰り返すのだ。
おかげと言っては何だが、ヴァンパイアの能力をある程度は習熟することが出来たし、圧倒的格上との戦闘訓練でそれなりに戦闘能力を向上させることも出来た。
恐らくだが、ゲオルグ君を死なせてしまったことを悔いているのだろう。これ以上周りの人を死なせたくない、その一心で俺の訓練に付き合ってくれたのだろう。しかしその方法があまりに尖り過ぎている。
死を覚悟したのは1度や2度ではない。まぁ、殺されなかったことを考えると、彼女に俺を殺す意思が無く、本気で強くなってもらいたいということは理解できた。その期待に応える為、こちらも全力で訓練に付き合ったのだ。
そして迎えた10日目の昼。作戦決行を10数時間後に控えた今、ようやく彼女から解放された。
「安心してください、貴方は強い。恐らくこの国に住む人間で貴方よりも強者と呼べる人はいないでしょう。ですが油断は禁物です。最後まで気を抜かないように」
「は、はひぃ。了解ひましたぁ。この10日間お世話になりましたぁ。俺は準備があるのでお先に失礼しますぅ」
そう言って残った体力を総動員させ、全速力でこの場去る。去り際にエルメシア様の配下とすれ違ったが、彼女の憐れむような眼を当分の間忘れることが出来そうにないなと思いながら。




