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少し時間がかかってしまったが、予定通りオスマニア帝国の王都『ガブルレスト』に入る。ゲオルグ君の情報だと、この都市にはヴァンパイア除けの結界が展開されているそうだが俺の行動が阻害されるような感じは一切なかった。
性能をヴァンパイア除けにのみに特化させることで、より対ヴァンパイアに効果的な結界の構築に注力した結果であろう。仮にすべての魔物に効果的な結界を構築しようものなら、その維持だけでも想像を絶するような『動力源』が必要となるはずだ。
それをこの国の『教会』だけで賄えるとも思えないからな。まぁ、それを用意するために情報を流し、『ヴァンパイア』を王都に呼び寄せたと考えることも出来るか。
とりあえずゲオルグ君が知る、すでに王都に侵入している他のヴァンパイアとの合流時間にはまだ余裕がある。敵情視察ではないが『教会』にでも行って見ようか。奴らの目的は『ヴァンパイア』であり、俺の様な立派な不審者でも日中堂々と参拝客として行けば問題なく建物内には入れるはずだ。
『教会』内に魔物が侵入したことを検知するような、とんでもない魔道具が開発されていないのは他の都市にある『教会』に侵入したことで確認済みだ。もちろん、『ガブルレスト』ほどの大きな都市にのみ配備されている、そんな可能性も無きにしも非ずだが、そんなことに予算を使うぐらい余裕があるなら、ここの連中なら『ヴァンパイア』特攻の武器の開発に予算を割くだろう。
そうして訪れた『教会』は俺の想定よりも遥かに立派な建物だった。王都だけの大きさを見れば俺の故国『ライアル王国』の方が大きいが、『教会』の大きさだけを見ればこの国の方が間違いなく勝っていると確信できるほどだ。
オスマニア帝国もヴァンパイアの報復から逃れるために、『教会』との繋がりをより強化した結果なのだろう。『教会』側に色々と足元を見られている気がするが、背に腹は代えられない。自分たちが蒔いた種だ、致し方なしであろう。
そんな事を考えながら外から建物を眺めていると、余程熱心な信者に見えたのだろう『教会』の神父らしき男がニコニコ笑いながら俺に話しかけてきた。
やたら愛だの慈悲だの正義だのと、しつこく語ってくるのが面倒だった。適当にやり過ごし参拝をすると言ってようやく解放してくれたぐらいだ。
おかげで精神的にかなり参ってしまった。新手の精神攻撃だと思えるぐらいにな。すぐにでもこの『教会』を消し炭にしたい衝動に駆られたが、その前に確実に『テンプルナイツ』の連中が出張って来て邪魔をするだろう。今は我慢の時だと自分に言い聞かせる。
今にして思えば、俺は昔から宗教という奴があまり好きではなかったのかもしれない。人の力を超えた存在を信仰することで、どうして自分が救われるのか理解できなかったからだ。仮にそんな万物の創造主たる絶対なる超越者がいたとしても、『人間』という種のみを贔屓するなんてのはあり得ないはずだ。
俺が、そんな絶対なる超越者であるなら、自分以外の種の存在を認めようとしない『教会』のあり方に疑問を持ち、信仰されたいとは思わないだろう。なぜなら『協会』の説法が正しければ、そいつは『人間』以外の種、つまり魔物や亜人も作ったことになるのだから。むしろ『協会』が自分が作った他の種を認めず、殲滅しようとしている悪い奴に思われても仕方ないはずだ。ま、あくまで俺の主観だからな。人の信仰心に文句をつける気は一切ない。
そうやって宗教とは一定の距離をとっていたつもりであったが、自分の信仰心を押し付けてくる輩もいた。かつての職場にいたそいつは『教会』の熱心な信者だった。自分の信仰心が正義だと信じ切っており、それを布教することもまた正義だと思い込んでいたような奴だったな。こっちが行かないんだから、そっちからも来るなよ…そう思ったのは1度や2度ではなかった。
そんな昔のことを思い出しながら『教会』の内部を見て回る。信者からのお布施でかなり潤っているのだろう、隅々まで清掃がいきわたったホールには見事な祭壇画が飾られており、そこには『教会』が信仰する唯一絶対なる『神』が神々しく描かれていた。
周りを見れば、俺とは違い信心深い人らが目尻に涙を浮かべながら必死に拝み倒していた。場の空気に流されて俺も一応拝んでおく。せっかくだから何か願い事でも言っておくか。
そうだな…ヴァンパイアたちと無事に協力体制が構築出来て、この国の敵対勢力を一掃できるようにでも頼んでおこう。『教会』に敵対する行為ではあるが、唯一の絶対なる神のことだ。この程度の小さな反逆、笑って許してくれるはずさ。
そんなアホみたいなこと考えながら、一応お布施を払って建物の外に出た。『教会』がかなり大きな建物という事もあって、見て回っただけでも大分時間が経っていたようだ。周りはすっかり日が暮れていた。
ここからは夜…つまり夜の住人である『ヴァンパイア』達の時間だ。予定時間には早いが、準備を始めるならこのくらいの時間なら丁度良いだろう。
宿をとり、『分体』を作成してそいつをネズミに『擬態』させる。そいつに合流地点に行かせて、まずは『ヴァンパイア』達の情報を入手しよう。俺は小心者だからな、いきなり本体で出向く勇気は持ち合わせてはいない。




