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急行した場所の近くには濃い霧が発生している視界の悪い土地であったが、『索敵』の能力を使えば問題なく目的地まで移動することが出来る。警戒しながらその場所に向かっていると、所々で戦闘の痕跡の様な物が残されていた。
見ればまだ新しい傷跡が多い。戦闘が起こってからそれほど時は経ってはいないということか。察知している魔力は先ほどから一切動いていないところを見ると、その戦闘もすでに何らかの決着がついているはずだ。それでも警戒は怠らない。
そうして進んでいると、ようやく目的地に到着した。そこには純白の鎧に身を包んだ者達と、冒険者風の恰好をした者が倒れていた。
この純白の鎧どこかで見たことがある。確かモコナ・マリアーベ伯爵を『同化』した時に入手した情報の中にあった、『教会』に所属する『テンプルナイツ』とかいう武装集団だ。
一応、世間一般的には非公式の部隊ではあるらしいが、各地の有力者や情報通の者には公然の事実としてその存在を周知されているとかなんとか…詳しいことはモコナも知らなかったが、『教会』の裏の組織という認識で差しあたっての問題は無いだろう。
では何故そんな武装集団がここに死屍累々と横たわっているのか。『テンプルナイツ』ではない、この集団の中で異彩を放つ冒険者風の恰好をしている者を見る。見た目は只の冒険者だ。しかし俺の考えが正しければ…
その者に近づき口の中を確認すると…鋭い犬歯が見えた。間違いない、こいつは『ヴァンパイア』だ。
状況から察するにこの『ヴァンパイア』が運悪く『テンプルナイツ』に遭遇してしまい、殺されてしまったという事か。しかしタダでは殺されなかった。何とかこの場にいる奴らを倒すことには成功したが、止めを刺す直前に自分の命が尽きてしまった…そんな所か。
実際『ヴァンパイア』の方はすでにこと切れているが、『テンプルナイツ』の方は何人か生き残りがいるみたいだ。しかしポーションや魔道具を発動できるほどの体力は残ってはいないのだろう。死ぬ直前といったところだ。
つまり今から俺が何をしたとしても、そいつらには気が付かれないし気づく余裕もないという事だ。まだ自分の立ち位置を決めかねている現状で、どちらか片方の肩を持つような行動は控えなければならない。
もしかしたら、万が一の可能性で今後の状況次第で『教会』側に立って行動するかもしれないからだ。…まぁ、その可能性が低いという事は俺自身が一番理解していることではあるが。
とりあえず、何がどうなってこのような状況なっているのか知りたい。すでに死んでいる『ヴァンパイア』の死体を『同化』して記憶を探ることにする。
………なるほどね。やはりというべきか『教会』という組織はかなりあくどいと感じた。
本音を言えば最初から『教会』の味方をするつもりはなかったが、彼『ゲオルグ』君の記憶を知ることで、その気持ちはより大きくなった。客観的に見ても『ヴァンパイア』達の方が大義名分が立っているように思えるからな。
『教会』側の情報も知りたいので『テンプルナイツ』の何人かを『同化』して情報を奪い、残りは吸収して経験値に変えることにしよう。『分体』にその作業を任せ『本体』である俺は一足先にこの国の王都に向かうことにした。ゲオルグ君の所持品を持って『マンティコア改』形態に再び擬態して駆け出す。
まずはオスマニア帝国王都『ガブルレスト』に行き、ゲオルグ君が合流予定だった他の『ヴァンパイア』の情報を集めることにしよう。
もちろん協力を申し出れば対『教会及びオスマニア帝国』で協力することが出来るとは思うが、『ヴァンパイア』達からの信用をどうやって得るかが最初の課題になるだろう。
その前に問題が1つある。もしかしたら『ヴァンパイア』が、俺が仲間の死体を『同化』したことに対してどのような感情を抱くのか、である。
黙っておくのも、嘘をつくのも本音を言えば気が引ける。というより、ひょんなことでそれがバレてしまえば、それまで築き上げて来た信頼が一瞬にして崩れ去るからだ。
もし彼らが機嫌を悪くすれば全力で謝罪することにしよう。俺の考えすぎな面もあるかもしれないがな。実際、『教会』が『ヴァンパイア』にしている仕打ちに比べれば、『ヴァンパイア』の死体を『同化』したことなど大したことは無いのだから。




