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メウリージャに到着して2週間がたった。路銀を稼ぐという名目で難易度、そして報酬の高い依頼の情報を集めながら、その過程で魔物の集落や高位の魔物の情報を各地に配備していった眷属に伝える。ここまで強くなった俺からすれば得られる経験値も少しばかり物足りないが、小さなことの積み重ねの結果が今の俺の強さの根幹にあるのだ。
それにしても、豊かな土地というだけあって魔物の数がかなり多い。分体の何体かは俺が去った後もこの都市に拠点を構えてもらうのも悪くないと思い、金級冒険者相当の強さを持つ分体を作る。
そこで、どうせなら分体同士でにパーティーを組ませようと思った。連携プレーの恐ろしさは身に染みている。3体ぐらいいればちょうどいいだろうと考え、現在は2体目の分体を作り終え、そのクールタイムの途中である。
アダマンタイト級冒険者はあと2週間ほどで戻ってくるそうだから、『本体』である俺が彼らと鉢合わせしないためにはギリギリの時間しか残されてはいない。まぁ、鉢合わせしたとしても正体がバレると決まっているわけではないので心配のし過ぎなのかもしれないが油断はしたくない。
今日もいつものように討伐依頼を終わらせ、冒険者ギルドの建物を出て宿に向かおうとすると、ちょうど同じタイミングで帰ろうとする人物がいた。ギルド職員が着る制服ではなかった為すぐには気が付かなかったが、彼は俺がこの都市に来て最初に話しかけた職員さんだった。
「おや、アオキさんじゃないですか。今、お帰りですか?」
彼は確か早番の勤務だったはずだ。今の昼時を大きく過ぎたこの時間までギルドに残っていたことに疑問を覚える。何か魔物関連でトラブルでも発生したのか?だとしたら嬉しいが。
「ええ、仕事が残っていましてね。明日は休日ですので、少しばかり残業していた…いや、させられたんですよ」
納得した。それにしても残業か、俺も前世では散々したな。人が帰ろうとする直前に追加の仕事を持ってきたやつには殺意を抱いたものだ。そう思うと、彼に少しばかりの同情と親近感がわいた。
「ここであったのも何かの縁でしょう。どうですか?このあと一杯。初日に色々と教えて頂きましたからね、そのお礼をさせてくださいよ」
「そう…ですね。私でよろしければ」
ギルド職員のアオキさんを伴い冒険者御用達の飲食店に行く。彼の真面目な対応が冒険者から人気が高いのだろう、店に入ると何人かの冒険者が彼に気軽に話しかけて来る。
もちろんただの善意から彼を飲みに誘ったのではない。彼の堅実な仕事ぶりを見て、彼なら普通の冒険者の知らないような、何か重要な情報を持っているかもしれないという下心もあった。
酒が来ると彼を煽ててヨイショしてたんと飲ませて酩酊状態にする。彼の思考力が低下し、口が軽くなるのをのんびりと待つ。彼も普段から色々とストレスが溜まっているのだろう。自然と飲むペースが速くなり、こちらの想定以上の量の酒を飲み続けていた。彼の愚痴を聞きながら、さりげなく情報を聞き出すことに挑戦する。
「くっそー、あのはげちょろぴんめ。女性職員の好感度を稼ぐために、彼女らの仕事まで私に振りやがって…」
「わかります、わかります。ホント、そう言うのは良くないですよね。効率の面からしても、ただでさえ疲労の溜まった職員にそれ以上の仕事を振るのはどう考えても悪手ですよね。効率…というと、ここの都市って明らかに他の都市よりも入城の為の検査時間長いですよね。人手が足りないなら、もっと兵士を雇えばいいのに…」
「あぁ、それはオスマニア帝国で…ってこれ言っていいのかな?ま、いっか。一応、他言無用でお願いしますよ」
と、サラリと話し始めた情報は、こちらの思う以上に重要なものであった。その内容はそのオスマニア帝国に『ヴァンパイア』が出現したというものだった。
『ヴァンパイア』は生と死を超えた存在。人の血を吸い、体を霧状に変化させ、永劫の時を生きると言われ『不死者の王』と呼ばれるに相応しい強さを持つと言われている。そんな存在がオスマニア帝国…つまりメウリージャに近い国で出現したとなれば、入城の検査に力を入れるのも納得できるというものだ。
「あくまでも噂ですからね。それに『ヴァンパイア』と言ってもすべてがすべて強いというわけではありませんから。仮にその噂が真実だとしても、それほど恐れる必要はないですよ」
彼の言葉はそこで終わった。これ以上は話すつもりはない…のではなく、それ以上の話は知らないといった雰囲気だ。彼がいい感じに出来上がってきたという事もあり、飲み会を終わらせ面白そうな情報をくれた、幸せそうに眠ってしまった彼を感謝の気持ちを表すために家まで送ってやった。
それにしても『ヴァンパイア』か…危険もあるだろうがそれ以上に興味深い。オスマニア帝国は、メウリージャと俺の故国であるライアル王国との経路上に位置するので、仮に何も無かったとしても不都合は無いな。
それが、俺の中ではオスマニア帝国に行くことが決定した瞬間だった。




