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その後の展開は、ほとんど一方的な戦いになってしまった。破れかぶれの攻撃を仕掛けてくる者もいて、その時は多少の手傷を負ってしまったが、もはや偽の情報を与えるまでもないという判断のもと冒険者たちの目の前で堂々と受けた傷を治療してやった。自分たちが決死の思いで付けた傷があっという間に塞がっていくのを目撃していた冒険者達の絶望感にあふれる表情は、敵対している俺ですら思わず同情をしてしまいそうになるほどだった。
それでもなお戦おうとする姿勢を崩さないのは流石と言える。しかしすでに勝負がついていることは誰の目から見ても明らかなのだろう。戦いの最中、無力化したと思っていた銅級冒険者の幾人かがポーションを隠し持っていたのか、はたまた傷自体が浅かったのかは分からないが、ジルが目を離した隙を見て脱兎のごとく逃げ出したのだ。
夜の森に少数で突入することの危険性は彼らも知っているはずだ。にもかかわらず逃げ出したということは、銀級冒険者達がオーガに勝つ可能性と、オーガに負けて自分たちが皆殺しにされてしまうという可能性。どちらの方の確率が高いか判断しての行動なのかは、言わずもがなだろう。
まぁ、眷属の情報を持っているわけでもないし、銅級冒険者程度数人逃がしてしまっても問題はないので見逃してやった。経験値的には銅級冒険者数人よりも、銀級冒険者一人の方が得られる量が多いいということはすでに確認済みだ。
ついには銀級冒険者達が各自で用意していたポーションも底をつき、もはや立っている冒険者もラグナ一人であった。ちなみに彼が最後まで戦うことが出来ているのは、彼が一番強かったという理由ではなく、彼なら例え最後の一人になったとしても逃げるという選択肢を取らないだろうと考えたからだ。その予想は正しく外見はボロボロだが威勢は失っていない。
「おのれ、邪悪な魔物め!いい気になるなよ。確かに俺たちではお前には勝てん……だが近くには俺たちよりもはるかに強い金級冒険者がいるんだ。どのみちお前も終わりなんだよ。人間様に逆らったことを後悔しながら逝くがいい!」
邪悪か……正直『邪悪』という言葉をかけられなければならないほど、ジルは悪いことをしてはいないと思う。確かに人間を基準にして考えると、人間をたくさん殺したという行為は悪であるかもしれない。しかし魔物の基準からしてみると、自分たちの敵を倒しただけであり、悪と言われるようなことではないのだ。
結局は善悪など立場の違いでどうとでも変化するものだ。それをさも自分が正義であるかのように振る舞い、他者を非難する行為に腹が立ってしまった。なぜなら人間も多くの、それこそ何の罪もない魔物を日常的に殺しているからだ。
いや、むしろ人間達の方が、たちが悪いかもしれない。なぜならジルは経験値が少ないという理由で女子供は基本的には見逃していたからだ。しかし冒険者は魔物とみればメスだろうが幼体だろうが関係なく殺し尽くす。
人と魔物、どちらの立場も経験したことのある俺からすると、人も魔物も種族の違いはあれども、それほど大きな違いがあるようにはに思えないのだ。結局善だの悪だの、そういう曖昧なものをもちだして他者を批判するという行為が俺は気に入らなかった。
この体に生まれ変わってから思い至ったことだが、あるのは善悪ではなく、強者と弱者なのだと思う。強者は勝って欲しいものをすべて手に入れて、弱者は負けてすべてを奪われる……それがこの世界の真理なのだ。そしてこれは俺の前世でも同じことが言えるだろう。前世の俺は弱かったからすべてを奪われてしまったのだ。だからこそ強くならなければならない。前世の様に奪われることは2度とごめんだ。
今回そのことに改めて気が付かせてくれたことに関してはラグナにちょっとだけ感謝している。どれ、一つ感謝の意でも示してやるか…と思ったが、すでにジルにとどめを刺されて事切れていた。……弱いということは空しいということでもあるのだとも思った。
その後、ジルに頼んでまだ息のある者のうち比較的元気のよい者から順次止めを刺していってもらい、冒険者達の遺体を吸収しやすいよう一カ所に集めてもらった。結構な数がいた。しかし、終わってみればあっけない戦いであったな。