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『やられてしもうたらしいな、ゼロ殿。大丈夫なのか?』
『えぇ、何とか。やられたと言っても、それほど深刻なダメージを負ったわけではありませんからね。ですが油断していたことを恥じ入るばかりですよ』
俺が魔道具の爆発に巻き込まれて負傷してしまったことを、一応ではあるが眷属を通じてグレイグ将軍にも伝えておいた。協力者である俺の身を案じての事なのだろう。すぐにでも俺と話がしたいということになり、その日のうちに念話をすることになったのだ。
『それで、どうするんじゃ?侵攻もその辺にしてこちらに戻って来るか?儂個人とすれば、お主はもう十分すぎるほど働いてくれておると思うんじゃが…』
確かにここまで侵攻すればこの国の被害は甚大なものであろう。復興に予算を割かれてしまうことを考えると、少なくとも十年間はドヴェル共和国に侵攻することは出来ないと思う。
そしてその間にドヴェル共和国に住まう毒虫どもをあぶりだし、国の浄化を行う…それだけの時間は稼ぐことが出来たはずだ。しかし本音を言えば、せっかくここまで侵攻してきたのだ、どうせなら最後までやり切りたい。
『お主の考えを否定するつもりはない。じゃが、身の危険を感じるほどのことがあったんじゃろ?ここらで手を引いても良いのではないか?お主に死なれでもしたら寝覚めが悪いぞ…』
『今回の件で自分の愚かさを実感しました。ですので今まで通りの無理な力攻めでなく、策を弄して侵攻を再開しようかと』
『ほう…なにか考えがあるのか?』
スライム細胞が回復するのを待ちながら、つらつらと考えていたことを話す。
『まずは、王都周辺にある都市や街を残らず攻撃します』
『それは…今までと同じことの繰り返しか?国力を低下させるという意味なら、十分な成果が出るじゃろうな』
『勿論それもありますが、この侵攻によってその都市や街に住む住民の住居を奪うことが一番の目的となります』
『住居を奪う事?住民すべてを殺すのではないのか?』
『住む場所を奪われた住民はどこに行くと思いますか?当然城壁の外には魔物が生息していますし、自分たちの住処を破壊した俺によって再び攻撃される可能性も否定できません。だったら、自分たちが住んでいた場所よりも安全な場所に行きたいと思うのが人の心理ではないでしょうか』
『安全な場所…お主のいる場所周辺じゃと、まず間違いなく王都じゃろうな。つまり、王都に周辺の都市からの避難民を集めることが目的か?』
『平時なら問題なく機能する行政も、近隣の都市から大量の流民が逃げ込んで来れば、間違いなく混乱します。流民を拒否すれば、流民によって大きな暴動が発生するかもしれませんからね。結果は変わらないので、私とすればどちらでも構わないんですが』
勿論暴動が発生せずに、流民がおとなしく俺によって破壊された都市に帰るかもしれない。だが、暴動させるように持っていく。ドミネイト・スライムの能力を使い、裏から手を回せばそう難しい事ではないはずだ。
『行政に携わっておる儂からすると、自国の流民を追い出すという事は出来んじゃろうな…当然国民感情も悪くなるし、国の威信が地に落ちる結果になる。トップがよほどの愚者でもなければ受け入れざるを得んじゃろう』
『そうして受け入れることになった大量の流民。ただでさえ国は貧しく物資が不足しているなかで、それほどの流民を養っていく余裕が今の王都にはあるでしょうか?』
『当然なかろう…なるほど、兵糧攻めにするという事か』
『はい。そう時を置かず、王都は更なる混乱に見舞われることになります。元から王都に住む住民は流民に良い感情は持たないでしょう、困窮の一端が流民にあるわけですから。流民は流民で、そんな王都の住民に良い感情は持てないと思います』
そうなってしまえば、王都の中で様々な問題が発生するだろう。それは王都住民による流民に対する暴力事件かもしれないし、流民による王都住民に対する窃盗事件かもしれない。いずれにしろ、王都の治安が悪化することは避けられない。
その頃になれば、王都から逃げ出す人々が出るかもしれない。しかしそれは俺が許さない。俺の姿で王都近くを徘徊し、王都から脱出できないように牽制する。
俺に対する討伐軍が派遣されるかもしれないが、その動きを察知した瞬間に一目散に逃げだす。目的はあくまでもプレッシャーをかけつつ、住民が王都から逃げ出させないようにするためだ。王都と言う牢獄に、住民全てを監禁するのだ。
そんな環境ではそこに住む民の精神的な負担はかなりのモノだろう。そうして疲弊しきったところで俺が攻め込む。正面切っての戦いより、はるかに楽に勝てるはずだ。




