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戦況はほぼ拮抗しているといえるだろう。冒険者たちはかなり及び腰であり、慎重に行動しているため攻撃を受けてもスライムの表面をなぞる程度の威力しかないが、逆にこちらの攻撃も余裕を持って対応されてしまうため、時間ばかりが過ぎてしまう。
このまま時間を稼がれて、夜が明け、援軍を呼ばれでもしたらまずいことになる。冒険者からポーションを奪うことで肉体的に追い込むことができたがここらで一つ、精神的にも追い込ませてもらうとするか。
「……流石は単体で金級冒険者相当の強さを持つといわれるオーガですね。安全マージンを確保しているとはいえ、銀級冒険者含めた14人で抑え込むのがやっとですか。正直このままだと体力的にも精神的にもかなりきついですね」
「泣き言を言ってんじゃねぇよ。だが安心しろ、時間をかけて有利になるのはこっちなんだからよ。夜が明けりゃあ、定期連絡が来る手はずになってんだ。そんでこっちの状況を知ればすぐにでも援軍を向けてくれるだろうからな。それまでもたせりゃこっちのもんだ。すぐにでも俺たちがこのオーガを追い込むことになるだろうぜ。それに奴をよく見てみろ、全身から血を流している。さっきまでの苛烈な攻撃で与えた傷だ。ポーションを持たない魔物に人間が有利な点の一つだな。案外このまま倒しきれるかもしれんぞ」
敵を目の前に、堂々と情報交換をしてしまうとは。オーガごときの頭では情報の意味を理解することが出来ないとみなしたのか、はたまたあえて情報を流してこちらの動揺をさそったのか。判断がつかないが、まぁ俺にとっては些細なことだ。悪いが揺さぶるのはこちらの方だ、時間をかけることによって有利になるのはこちらも同じだ。準備はすでに調った。
膠着している戦場に『ガランガラン』と鳴子の大きな音が響き渡る
「敵襲!まさか、オーガの援軍!?」
「いや、そんなはずはねぇ!そんなんがいたんなら、どうして今まで助けに来なかったんだ!多分、野生の動物とかゴブリンとかが罠にかかっただけだろ」
「そ、そうですよね!こんなところにオーガの援軍なんて来るわけがなっ……」
初めて『連弩』を使ったが上手いこと矢が命中したようだ。まぁ、数はそれなりに打ったからすべて外す方が難しいか。殺すことが出来たのは一人か二人といったところだが、それ以上の数の冒険者に手傷を負わせることはできた。オーガと鳴子の音に集中し過ぎたため、周囲に気を配ることを怠ってしまったな。スライムでも簡単に奇襲することが出来た。冒険者に見つかる前に物陰を利用しながら戦線から離脱するように念話を送る。
本来なら物資に火を放ち注意をそらすつもりであり、燃えやすそうなものを探しているときに支援物資の中にあった連弩を見つけることが出来たのは僥倖だった。ただ、スライムの腕力では弦を弾くことが出来なかったので使用することを諦めかけたが、幸い弦を楽に巻くための装置である『ハンドル』も見つけることが出来たので、多少の時間はかかってしまったがこうして実戦に投入することが出来た。
苦労した甲斐もあり、何の前触れもなく、突然謎の襲撃者からの攻撃を受けことにより気もそぞろな様子であった。当然そんなスキを許すほどジルは甘くはない。先ほどまでの恨みを返してやるぞと言わんばかりに冒険者達に飛び掛かった。
更に数人の冒険者にダメージを与えることが出来た。ただ冒険者達もすぐに態勢を立て直したが、連弩による奇襲と先ほどのジルによる突貫により、前衛を任されていた冒険者たちのさらに半数以上を無力化することが出来た。
すぐさま後衛がサポートに入り残り僅かになった手持ちのポーションによる治療を終えたが、並のポーションでは傷の治療はできてもその痛みまでは回復することが出来ない。痛みを堪えながら戦線に戻る。数を減らしたこともあり、先ほどまでの様に戦況が拮抗することはないだろう。
逆にジルの受けた傷はすでに治療済みである。16番の体内にあらかじめ盗んでいたポーションを収納しており、それを使用したからだ。
傷は塞いだが未だ傷口から出血しているように見せているのは、相手の油断を誘うという目的があったからだ。相手に偽の情報を与えるため、ジルに時折傷口が痛むような素振りをするよう伝えていたが、あまりにも演技が下手過ぎて意味をなしたようには見えなかった。まぁいい、このまま倒させてもらうことにしよう。