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「魔物だ!例の魔物が出たぞ!」
陣中の警戒班らしき部隊が声高にそう叫び警戒を知らせる鐘の音が聞こえる。だが、すでに遅い。俺はすでに陣の奥深くにまで侵入しており、この部隊で最も厄介であろうマジックキャスターの寝泊まりするテントの近くまで接近していた。
できれば多くの魔力を保有するマジックキャスターは1人残らず本体である俺が捕食したいところではあるが、これは最優先で対処しなければならない。のんびりと吸収するだけの時間はないため、これを諦めざるを得なかった。
しかし、殺した時に得られる経験値まではあきらめるわけにはいかない。……ようやく辿り着いた、マジックキャスターの寝泊まりしているテントだ。魔物の素材を用いて作成されたのだろう、一般兵が使うものより遥かに大きく、そして丈夫に拵えてある。
こういった面でも優遇されており、やはりマジックキャスターという存在が国にとっていかに貴重な人材であるのかが改めて実感することができた。それはつまり、マジックキャスターをこの場所で殺すことが出来れば、バラビア王国に大きなダメージを与えることに繋がるという事でもある。
テントの入り口の垂れ幕が揺れるのが見えた、中にいるマジックキャスターが外の状況を知ろうとしているのだろう。そのタイミングで俺は高くジャンプして、顔を出したマジックキャスターの死角であろう頭上に飛び…そのまま自身の巨体でテントごとマジックキャスターを踏み殺した。
少なくない経験値が入る。他にもマジックキャスターはいるが、俺が今殺したこいつがこの場所にいるマジックキャスターの指揮官的な立場であり、連携した攻撃をとるのは難しくなったはずだ。
俺を迎撃しようと周りに兵士が寄ってくるが、これを無視して次のマジックキャスターのいるテントを狙う。流石に何度か繰り返していれば生き残ったマジックキャスターの戦闘準備が整うだろうが、俺が強いマジックキャスターを優先的に殺していった為、戦力的には十分すぎるほどに削ることが出来たと言えた。
敵部隊が俺に対する迎撃態勢を整えるまで殺すことのできた人数は30人程と控えめな数ではあったが、そのうちの10人が、総勢で15人しかいないマジックキャスターであることを踏まえると、この部隊に壊滅的な打撃を与えることが出来たと言えるだろう。
指揮官らしき人物の表情が絶望に染まっているのがよく見えた。ここまでの被害を出すことが出来たのなら、すでにこの奇襲作戦は大成功と言ってもいいだろう。さっさと撤退し敵の次の動きを探るという選択肢もあったが、もう少し暴れておきたいという欲求もあった。
…苦戦するまで戦うことにしよう。そう決めた俺は、とりあえず近くにいた兵士を舌で掴んで他の兵士に投げつける。金属同士のぶつかる鈍い音が鳴ると同時に、指揮官の「突撃!」という命令が下った。
剣による切りつけや、槍による突きは俺にはあまり効果が無い。例えそれが金級冒険者相当の実力を持つ兵士だとしても同じことが言える。俺に最も効果がある攻撃は打撃武器だ。
現在ドヴェル共和国に侵攻している民兵達の主武装が棍棒であるため、精鋭兵と戦うことに積極的だった俺が、民兵との戦いを避けた理由はこれに当たる。それに、あちらは民兵が主力であるため、1人当たりの経験値の取得量が少ないというのも消極的になった理由の1つだ。
とはいえ、永遠に防ぐことが出来るというわけでもないし黙って攻撃を受け続けてやる義理もない。もうしばらくすれば、詠唱を終えたマジックキャスターから魔法が飛んでくるはずだ。それは流石に効いてしまう。
的を絞らせないよう縦横無尽に移動し、目についた兵士を捕らえてマジックキャスターめがけて投げつける。盾を持った兵士に防がれてしまうが、わずかにでも注意をそらすことが出来れば詠唱を唱えるための集中力を削ぐ事は出来るだろう。
無論、熟練のマジックキャスターなら問題なく詠唱を続けることが出来るだろうが、そういった事の出来る貴重な人材は先ほどの奇襲ですでに殺してある。
そうしてマジックキャスターを守護する兵士の気力と体力を少しずつ削っていき、終には投げつけた兵士共々護衛対象であるマジックキャスターに衝突し、無事に倒すことに成功した。
直接攻撃がぶつかった兵士はともかく、マジックキャスターの方は死んではいないだろうが時間の問題だと思う。何せ、金属の鎧を着た兵士2人分の質量がぶつかってきたのだ。近くにいた兵士がマジックキャスターの上に乗った兵士をどかせ、助けようとしているが俺の妨害もあり難儀しているようだ。
手と足はあり得ない方向に曲がっており、頭からは少なくない量の出血がみられる。仮に目を覚ましても痛みと出血により意識は朦朧とし、詠唱どころではないはずだ。それはポーションを用いたとしても結果は大きくは変わらないだろう。
『教会』に所属する『神官』が同行していれば多少は結果が変わったかもしれないが…無い物ねだりだな。この調子で、残りのマジックキャスターを優先的に順次始末していくことにしよう。