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「おい!まだ例のカエルの魔物は見つからないのか!」
「はっ!申し訳ありません!索敵範囲を広げ現在も調査中とのことですが、依然として手掛かり一つ発見出来ていないとか」
「くそっ!何をやっているんだ索敵部隊の連中は!次に被害が出てからでは遅いんだぞ!もし…仮にだが、すでにこの場所を超え、王都に攻撃を仕掛けているなんてなれば儂の首が物理的に飛んでしまう…何としてでも発見しろ!」
「はっ!すぐに部隊を増員し、昼夜を問わず任務に当たらせます!」
といったやり取りを横目に、俺は先ほど命令を出した偉そうなおじさんが出した生ごみをゆっくりと吸収していた。ただのスライムを演じるというのは意外と骨が折れるものだ。だが十分すぎるほどの情報を入手できるのだ、それを思えば我慢することも出来る。
この場所での情報収集はここまでにしよう。あまり長い時間吸収していれば、怪しまれることは無いだろうがストレスのはけ口として攻撃されかねない。もちろん大したダメージは無いだろうが、ダメージの一切通らないスライムなんて目立つことこの上ない。移動先はどこにしようか…そんなことを考えていると念話が入ってきた。
『お疲れ様です、ボス。今大丈夫ですか?』
『ん、もちろんだ。何か進展があったのか?』
『残念ながら何も。ただの定時連絡です。あるとすれば索敵部隊の連中、かなり焦っているようですね。捜索に夢中になるあまり、周囲に気を配る余裕がないのか逆にこちらから発見するのが楽で助かってますよ』
『まぁ、俺達が最後に襲撃した都市と王都まではほぼ一本道だし、普通に考えたら体長4メートルを超えた巨大な魔物を発見することぐらい容易だろうからな…それを発見できない索敵部隊なんて無能の烙印を押されても致し方なし、なんだろうな』
『我々が加害者とはいえ同情してしまいそうになりますね。ふふっ、もちろん手は抜きませんがね』
その後いくつかの情報をもらい念話を切る。奴は最近、この辺りで発見したスライムを眷属化したものだ。流石に王都付近までは『アーミー・ローカスト』の被害が無かったようで、豊かとはいえないが山林や野原があり、そこにはスライムの様な低級な魔物が生息していたのだ。
ちなみにだが、最近では眷属の眷属を孫眷属と呼称しなくなった。と言うのも最近、孫眷属の孫眷属が生まれ始めたためだ。これは玄孫眷属と呼称すればいいのだろうが、なんか呼びにくいし、これ以上眷属が生まれ続ければ名称が無くなってしまうと判断したのだ。
なら、どう呼べばいいのか。考えた挙句思いついたのが俺の眷属を『第一世代』、眷属の眷属を『第二世代』、眷属の眷属の眷属を『第三世代』と呼ぶようにした。結局は数字を用いて管理するのが楽だという結論に至ったのだ。
昔は長らく一人で活動していたため眷属が生まれた時は素直に嬉しかったし、孫眷属が生まれた時はもっと嬉しかった。愛おし…とまではいかないが、それなりに愛情を持って接していた…と思う。
だが孫眷属も元となった人格は俺自身だ。慎重であり、俺が言うのもアレだが狡猾な性格をしている。これを可愛がるのも変だな…と思うようになってからは『孫』という名詞を付けるのが恥ずかしくなってしまったのだ。
だから今回の呼称の変更は望むべくして起こったことだ。そして多分、俺が思っているという事は眷属皆が思っていることだろう。声に出していうことは無いだろうけどな。
そう言ったわけで第一世代の眷属に周辺の捜索をさせ、本体である俺が直接敵陣地で情報収集を行っている。生まれたばかりの眷属にこんな危険な仕事を任せるというのも気が引けたからだ。本体であるなら、いざとなればいかようにも逃げることも出来るだろうし。
そして数日調査して分かったことではあるが、正面切ってこれだけの部隊と戦うのは少々分が悪いという結論に至った。練度も高いし連携も取れている。何より精鋭部隊と言うだけあって、装備も充実しているし物資にも余裕がある。
ここにいるのは俺単体だ、戦力に不安がある。しかし、この部隊が王都に詰めていないこの段階で潰すのが最も殲滅しやすいタイミングだろうし、ここでこの部隊を倒せばバラビア王国に甚大な被害を与えることのできるチャンスでもある。
…仕方ない、少しばかり分の悪い賭けに出ることにしよう。その為の準備として『インセクト・スライム』から入手した周囲の昆虫を呼び寄せる能力を発動した。
特殊なフェロモンを発生させ、発動を止めてもしばらくは匂いが周囲に残り続けるという特性がある。これを今ある魔力の限り発動して、陣から少し離れた草むらに行き身を隠す。
勿論、昆虫が兵士たちを倒すことが出来るとはこれっぽっちも思わない。だが陣中に大量に昆虫が湧けば士気をくじくことは出来るだろう。それを期待してのことだ。上手くいくといいなと思いながら、ワクワクした面持ちで陣の様子を窺うことにした。スライムに顔は無いけど。




