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適当な魔物に擬態してこの都市を壊滅する予定だが、流石に都市の真ん中でいきなり擬態して姿を変えるわけにもいかない。そのため都市の外からこの都市に侵入して襲撃をかけるわけだが、寂れて補修がされていない城壁ではあるが一応ではあるがここは城郭都市。
簡単に城壁を破壊できるかもしれないが、出来ないかもしれない。だから数日前から城壁の一部に細工をして、崩れやすくしておいたのだ。幸い警備兵による巡回がほとんどなく、驚くほど短時間でその作業も終わらせることも出来ていた。
深夜、城壁を乗り越えて都市の外に出る。城壁の周囲を照らす松明すらケチっているのだろう、少し歩くだけですでに明かりは届いておらず、城壁の上にいる警備兵から俺の姿を視認するのは困難なはずだ。
そこで俺は、『ジャイアント・フロッグ』に擬態した。『ジャイアント・フロッグ』とは体長4メートルを超える巨体に固いゴムの様な丈夫な皮膚に覆われ、金級冒険者相当の強さを持っている。この都市にいる冒険者程度の実力では束になっても敵わないだろう。
正直、他にも擬態する先の候補はいた。動物に近い形態を持つ魔物に擬態するのは体の動かし方が普段とは違うことで動きがかなり難しく、ゴブリンのように人型に近い魔物に擬態する方が本音を言えば楽であった。にもかかわらず、何故今回『ジャイアント・フロッグ』に擬態することにしたのか。
それは、『ジャイアント・フロッグ』が舌で捕まえた獲物を丸のみにするという特性を持っているからだ。これなら冒険者を殺した時に経験値を獲得、さらにその冒険者を体内に収容して吸収することで経験値の二重取りが出来るのだ。
つまり襲撃後、調査としてにこの都市に『ジャイアント・フロッグ』の生態に詳しい人物が来たとしても、死体の数が少ないことを怪しまれることが無いというわけだ。
この前襲撃した都市では、いつ来るかもわからない人間側の援軍が気になって冒険者を吸収することが出来なかった。弱い冒険者では得られる経験値が少ないとはいえ、得られるはずの経験値をみすみす見逃すというのは、貧乏性である俺にとってなかなかにストレスだったのだ。
だが、今回は心置きなく吸収することが出来る。それは俺にとって少なくない喜びを与えてくれた。
『ジャイアント・フロッグ』に擬態して、大きな音を立てないようゆっくりと城壁に近づいていく。かなり近づいた場所でも兵士たちのよる警戒を報せるような声は聞こえない。普通ここまで近寄ればただの兵士でも視認できてもおかしくない距離なわけだが…この都市の兵士には、根本的に都市の外を警戒するという概念が存在しないのかもしれない。
現在警備兵として勤めている連中が働き始めた頃はすでに『アーミー・ローカスト』によって周辺の魔物は姿を消していた。彼らにとってみれば、都市の外を警戒するなど無駄な作業と思っていてもおかしくは無いか。
あらかじめ細工をしておいた城壁に体当たりをする。計画通り、城壁に大穴を開けて城の石材が大きな音を立てて崩れていく。その大穴から堂々と都市の中に侵入した。
「ま…魔物だ!魔物が城壁を壊して都市の中に侵入して来たぞ!」
流石にあれほどの大きな音を立ててしまえば、この都市の兵士たちの練度が低いとはいえ即座に侵入はバレてしまうか。周囲に警戒を報せる鐘の音が鳴り響いている。問題ない、援軍が来ても難なく対処できる。
とりあえず目についた、一番近くで腰を抜かしてへたり込んでいる警備兵を舌…に擬態した触手で掴んで口にあたる部位から体内に放り込む。人を体内に収納したままの移動は多少ではあるが不便であるため即座に吸収する。
普段の体積よりも大きな魔物に擬態していること、そして獲物を急速に吸収すること。どちらも少なくない魔力を必要としている。それは、位階の低いこの都市の兵士を吸収することで回収できる魔力量を上回っていた。
それでも問題なく活動できている理由…それは、眷属からの手厚いサポートのおかげである。
エルフの里にいる眷属は『精霊樹』の魔力を吸収し、パスを通じて俺に魔力を供給してくれているし、野外にいる眷属もここ数日は殺した魔物や冒険者をその場で吸収するのではなく保管しており、俺が襲撃するこのタイミングで吸収を始め魔力を供給してくれている。
そのため、消費魔力と供給されている魔力とでは供給量の方が圧倒的に多い。その為か、普段より調子がかなりいい気がする。
軽くジャンプしたつもりでも想像よりも遠くへ移動することも出来た。これは練習で『ジャイアント・フロッグ』に擬態して時よりも遥かに高い身体能力であった。
もしかしたら…いや、俺は魔力を大量に供給してもらうことで戦闘能力を高めることが出来るのかもしれない。それが分かっただけでも、この都市を襲撃した価値があったと思えた。




