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「陣形を組め!相手は1体だ、常に死角を突くよう行動しろ!大技を狙おうとするな、小技でもいいから少しずつでもダメージを与えていけ!トビーのところのパーティーは、ポーション持ってきて負傷者を治療して順次戦線に復帰させろ!ダズのところは薪もってきて火をデカくしろ。このままじゃ薄暗くて戦いにくい!」
ジルに故郷を襲撃されたラグナさんは、他の人よりやる気に満ち溢れている。彼が周囲を鼓舞しているおかげもあってか、今ここにいる冒険者達の戦意は高く、撤退の二文字はないように見える。
最初こそ何とか拮抗していたが光源も大きくなったことに加えて、冒険者たちも暗闇での戦闘にも慣れ始め少しずつジルが押され始めてきた。相手の攻撃をさばききることができず、何度かその身で敵の斬撃を受けてしまう。しかし、かすり傷すら負っているようには見えないことに、冒険者たちは驚愕していた。
これが周囲の明るい昼間でしっかりとジルの様子を観察することができれば、半透明な物体がオーガを鎧のように覆いつくしていることに気が付いたはずだ。当然この物体は16番である。スライムは殴打武器には弱いが刺突や斬撃には強く、冒険者たちの攻撃からジルを守っているのだ。
次第にオーガに傷を負わせることのできていないことに焦れ始めたのか、大技を狙い始める者たちが出始めた。流石に16番程度の力ではこれを完全に防ぎきることはできず、ジルも傷を負ってしまう。しかし、その防御を捨てた攻撃は隙を大きく作る結果となり、ジルによる反撃を防ぐことができずに大きなダメージを与えることができた。
苦痛に顔を歪めているその冒険者の目に未だ闘争の意思が消えていないのは、これからトビーとかいう冒険者の持ってくるであろうポーションがあるからだ。ポーションさえあればそう簡単に死ぬことはない。ポーションさえあればすぐにでも傷は癒える。ポーションさえあればすぐにでも戦線に復帰できる。そしてポーションを持たないオーガには、持久戦になりさえすれば必ず勝つことができる、そう思っているのだろう。
「何やってんだトビー、ポーション持ってくるのにいつまで待たせるんだ!」
「す、すみませんラグナさん。物資の中くまなく探したんですけど、ポーションが全然見当たらないんです……昼間セオの奴が確認したときは間違いなく補給物資の中にあったそうなんですが……」
「ちっ!何でセオの奴にそんな大事な作業任せてんだ。姿が見えないってことはすでにやられて……いや、状況を不利とみて金目の物もってトンずらしちまった可能性もあるか。クソ!だから異邦の冒険者はいざという時の地力がねぇから信用できないんだ。仕方ねぇ、こうなったら俺たちだけでやるぞ!なぁに、あのオーガは俺たちと同じ銀級冒険者のパーティーに負けて尻尾巻いて逃げてんだ。数も今の俺たちの方が多い。焦らずにやりゃあ絶対に勝てる相手なんだ!」
確かにジルはつい先日銀級冒険者のパーティーに敗れた。しかしそれは銀級冒険者が十全に準備を済ませた状態で、村を襲撃した後で疲労していたことに加え、冒険者達に奇襲されるという形で先制攻撃を受けてしまったことにあるらしい。更には森の中での戦いであったことも不利に働き、木々が邪魔をして体格の大きいジルでは本来の戦い方ができなかったこともある。
ところが今はその時と状況は全く違う。先制攻撃を仕掛けたのはジルの方であり、心理的にもこちらがかなり有利である。加えてこの拠点は冒険者たちが物資を置くためにある程度整地をしてくれていたおかげで、ジルはオーガとしての本来の戦い方が出来る。
足元に転がる負傷した冒険者たちの存在も、体格の大きいジルにとっては多少大きな障害物に過ぎず戦いの邪魔になることもなければ、仮に踏み殺したとしても問題は一切ない。しかし冒険者達からすれば同じ依頼を受け、同じ釜の飯を食った仲間であり、傷つけないよう配慮しながら戦わなければならないことが大きな負担になっているはずだ。
仮に倒された冒険者を見殺しにするとしても、そもそも人の大きさほどの障害物が散らばっている状態では、冒険者たちは本来の実力を発揮することはできないはずだ。
そして何よりジルが有利な点、もちろんこれまで沢山の冒険者を殺して得た経験値による位階の上昇もあるが、銅級・銀級程度の冒険者達が個人ではポーションをあまり所有していないということにある。それはポーションが一般の冒険者が常備している傷薬と違い、即効性があり非常に高価な商品である反面、劣化するスピードが傷薬などよりもはるかに速いことにある。
もちろん保険として普段から持ち歩くようにしている慎重な冒険者もいるが、ポーションを使わなければならない程のケガをしなければ無駄な出費になるだけ、そう考えている冒険者も少なくない。そんな事に大金を使うくらいなら、高い装備を整えて傷を負わないように気を付けるほうが建設的だと考えているのだ。
そして今回のオーガ捜索の依頼。銀級冒険者のパーティーは相手がオーガであるため各自でもいくつかのポーションは用意していたようだが、運搬する補給物資の中にポーションがあることを知り、いざとなればそれを使えばよいと考えていたのかパーティー単位ではあまりポーションを用意してはいなかったようである。
銅級冒険者のパーティーはというと、お財布事情によりポーションを用意することが物理的に難しいことに加えて、『捜索』依頼を受けた自分たちはオーガと実際に戦闘することはなく、負傷することはないと踏んでいたようだ。楽観視しすぎだ。そのため、この場で倒れている銅級冒険者たちはポーションを所有しているような素振りは見られない。
ちなみに、ジルと最初に会敵した銀級冒険者のパーティーはこの高価なポーションを複数所有していたらしく、倒したと思っていた冒険者がいつの間にか復活していて不意打ちを喰らってしまったことも敗因だと分析していた。
そして現在。ポーションの予備がないことを聞いた冒険者は更に及び腰になっているようである。大きな傷を負ってしまえば戦うことはおろか、逃げることすらできないからだ。正直このままバラバラになって逃げられるのは経験値的に少々もったいないなという思いから、ラグナさんにはもう少し頑張って周りを鼓舞してもらいたいと思った。
ちなみにセオという冒険者はテントの中で寝ているところを襲撃してすでに殺しており、彼がポーションを持ち逃げしたという事実は存在しない。ポーションが見当たらないのは彼の管理不足ではなく、俺が事前に場所を移したからだ。