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『………本気か?』
『ええ、勿論です。冗談を言うために、わざわざ念話なんてしませんよ。幸いこの都市周辺には俺と互角以上に戦うことが出来る人材はいません。俺がその気になれば余裕ですよ』
『そうか…確かにお主の実力なら難しくはないじゃろうな。じゃが…』
『民主主義であるドヴェル共和国には、その決定をすることが出来ませんでした。『教会』の意向に従う裏切り者に、大規模な戦争を望む『モルガナ商会』。人間との共存を望む日和見主義の阿呆共に、『穏健派』のように現状を客観的に見ることのできない愚か者。そうした様々な主義主張をする者によって実行することのできなかった最もシンプルな、ドヴェル共和国に降りかかっている問題を一気に解消できるその解決策。だから代わりに俺がする、ただそれだけですよ』
『………』
『さすがにこの辺り一帯の都市が壊滅的な被害を負ってしまえば、向こう数年間はドヴェル共和国に侵攻することは出来なくなるでしょう。その間にドヴェル共和国の内側に入り込んでいる膿を取り除くのです』
『膿か…言い得て妙だな』
自虐気味にそう呟くグレイグ将軍。どうやら俺の強引な解決策に正面から否定をする気はない様だ。彼も心のどこかで、その方法しかないと思っていたのだろう。しかし議員たちの反対もあっただろうが、何より彼自身がその踏ん切りがつかなかったようだ。
俺自身、無関係な民間人を殺すことに多少なりとも抵抗はある。だがこの都市で数カ月暮らしてみて、この都市に住む住民に対する情が薄らいでいったため、その決心がついたのだ。
過酷な環境が人を強くするとは一体誰の言葉だっただろうか。自己効力感が育ち、自分の芯がブレない人材に育つ…そんな話を聞いたことがある。だがこの都市に住民はどうだろうか?
自分の利益のみを追求し、そのために他者がどれほど傷つこうと顧みることは無い人物ばかりだった。もちろん困窮した生活ではある程度は仕方ない部分はあると思う。それでも最低限人としての親切心とか、他者を思いやる気持ちと言うものはあってしかるべしだ。
残念ながら、この国の住民にはそれが一切感じられなかった。だから潰す。そして多分今俺が潰さなくても、そういった行いは自分たちにも帰ってくるだろうから、いずれは自滅したはずだ。つまり、その時が多少早まっただけなのだ。
『安心してください。都市を襲撃することに関してドワーフが関わっているという、尻尾を掴ませるようなヘマはしませんよ。適当な強い魔物に擬態して、攻撃を仕掛ける予定ですので』
『それで…念話をしてきたという事は、儂に何かして欲しい事でもあるのか?』
『特にはありません。ただ、グレイグ将軍の配下がこの都市に潜入しているのであれば、俺が誤って殺してしまう可能性もあるのであらかじめ撤退させておいて下さい』
『分かった、すぐに連絡をしておこう。それで…いつ頃その計画を実行するつもりなんじゃ?』
『早ければ3日後ぐらいには行動に移そうかと思っています。その間に諸々の準備を整えようかと。諜報員の撤退は間に合いそうですか?』
『問題ない…と思う。それとじゃが……スマナイ。本来、部外者であるお主にそこまでの事をさせるつもりは無かったんじゃ。お主の行動によってこの国の多くの民が助かることになる。そのことを彼らが知ることは無い、じゃから代わりに礼を言わせてくれ』
『俺自身この国で色々と体験したことで腹に据えかねていましてね。ドワーフ達の為が半分、自分の憂さ晴らし半分ですのでそれほど気に病む必要はありませんよ。バラビア王国にある程度の被害を与えたらそちらに戻りますので、感謝の気持ちはその時に頂きますよ』
グレイグ将軍に報告したということは、もう後戻りはできないということだ。ただ、自分で思う以上に『後悔』という言葉が頭をよぎらない事だけは、俺の想定外の出来事であった。