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 それから1カ月ほど、この何もない都市でしがない銅級冒険者として生活することにした。受領できる依頼に碌なものは無く、街のドブさらいとか、物資の運搬などが主な仕事内容だった。


 労働時間と労働内容の割に対価は安く、正直「いつでもこの状況から抜け出せる」という精神的な余裕と、高い身体能力があったから何とか続けることが出来たが、「この方法でしか生きることが出来ない」という追い詰められた状態であったなら未来に絶望していたのかもしれない…それほどの苦行に満ちた毎日であった。


 そう考えると、この国でたくましく生きている人々を素直にすごいと思えるが、だからと言ってドワーフ達に迷惑をかけていい理由にはならない。俺はブレることなく、俺の為すべきことをやり抜こうと思った。


 ともかく、これでは「冒険者」ではなく「便利屋」と呼ぶ方が似合っているような気もするが、残念ながらこういった依頼しかないのだ。むしろ働けるだけマシ…そんな思いになるほどこの街は末期の状態にあると言えた。


 ただ、そんな鬱屈した日々を意味もなく過ごしていたわけではない。深夜になれば様々な重要施設に潜入しては極秘の情報を集め、その情報を都度、グレイグ将軍に送ることで彼からの信用を大きく得ることが出来た。成果があったとしたらそのぐらいか。


 しかし、ここに来てようやく、そんな日々に別れを告げることが出来そうな一大イベントが刻一刻と近づいてきていることに人知れず喜んでいる自分がいる。そう、人間の国による、ドヴェル共和国侵攻だ。


 「最近、物資の運搬の仕事が増えたっすね」


 「まぁな。近々、ドワーフの国に攻撃を仕掛けるらしい。だから他国からの支援物資が送られてきているのさ。この時期の仕事は珍しく人員の取り合いになって、比較的単価が良いから今のうちに稼いでおけ」


 といった内容に近い会話を冒険者ギルドにいるとちらほらと聞くことが出来る。冒険者ギルドで魔物の情報交換ではなく、物資運搬の情報交換かよ。冒険者としての誇りを持てよ!と言ってみたい欲求に駆られる。ちなみに商業ギルドでも似たような会話がなされていた。こちらはある意味正常な会話の内容だろう。


 ちなみに俺も当然、この他国からの支援物資の運搬の仕事を何度かこなしている。その上でいくつか分かったことがある。それは送られてくるのは「支援物資」とは名ばかりのゴミであるという事だ。


 例えば兵糧として送られてきた穀物。これは見た目からして少し黒っぽく変色していて、おまけに僅かにかび臭い。恐らく…ではなく、軍の貯蔵用として保管していた古い物を支援物資として送ってきたのだろう。


 そして武器や防具。これもかなり古いものだった。破損してしまった物を軽く応急処置だけして送ってきたのだろう。武器を処分するにも費用が掛かる。しかしここに送ればかかる費用は輸送費だけ。経費の削減につながるというわけだ。


 そして当然、ポーションの様な高価な医薬品は見つからなかった。いや、もしかしたらあるのかもしれないが、確実に使用期限が切れ効果が薄れた見切り品であろう。


 何処までいってもこの戦争は、他国の為にやっているようなものだ。そして戦争によって捕らえた捕虜を売って、その金を支援に対する見返りとして支払う…この国には何も残らない。一度落ちてしまえば、骨の髄までしゃぶられて二度と浮き上がることは無いということか。


 物資の運搬をしながらそんなことを考えていると見慣れない、今の俺よりも更にみすぼらしい格好をした一団を見つけた。冒険者…にはとても見えない。気になったので、近くにいた現場監督に聞いてみる。


 「監督!あそこにいる連中は何っすか?」


 「ん?あぁ、徴兵された連中だな。なんだ、もう来やがったのか。まぁここに来りゃ、飯だけは腹一杯食えるからな。ったく、卑しい乞食どもが…」


 どうやらここに国では『兵農分離』は進んでおらず、徴兵された民兵が戦争の主な戦力になるとのことだ。普段は民間人であるため戦力としては不安が残るが、『質』ではなく『数』で攻めるという事なのだろう。


 この国には平時から多くの兵士を養うだけの金銭的な余力はないのだから仕方のない事か。それにしても「卑しい乞食」か。自分の事は差し置いて、よくもまぁ人の事は悪く言えるものだ。俺からすれば、この現場監督の方がクソヤローだ。


 俺達に支払われる報酬の中抜きはもちろんのこと、「昼飯をお前たちの分まで買ってきてやった」と言って、相場の倍以上の値段で俺達に昼飯を購入させる。ちなみにその飯も前日の屋台の売れ残りを捨て値同然の値段で購入したものでかなり臭いし不味そうだ。


 かと言ってこいつから昼飯を買わなければ、明らかに冷遇され1人でこなすことが出来る仕事量よりはるか上の量の仕事を割り振られてしまうので、皆、購入せざるを得ないのだ。周りが苦労しながら監督から購入した昼飯を食べているのを見た時、人間としての味覚を持たないことに初めて感謝した。

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