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翌朝、起きるとすぐに商業ギルドに向かうことにした。念のため昨日まで擬態していたロジク形態ではなく、少し…いや、大分やつれた感じの商人風の男に擬態して商業ギルドの建物に入る。多少やり過ぎた感じもするが、この国で見た数少ない商人も似たような雰囲気であったので多分大丈夫だと思う。
朝早い時間ではあったがそれなりの数の職員が働いているようで、冒険者ギルドほど寂れてはいないという印象を受けた。ドワーフとの貿易のおかげだろうか。ただ、働いている職員から人の温かさと言うものは感じず、どこか事務的な冷たい雰囲気を感じる。
それでも、職務さえちゃんと果たしてくれればこちらとしても言うことは無い。目についた職員に「この辺りで商売をしたいので、役に立ちそうな情報を売ってくれ」と声をかけた。
するとその職員はあからさまに面倒だな、といった反応を隠しもせずに見せ、担当の者を連れてくると言い商業ギルドの窓口近くで待機するように俺に命令した。一応客であるはずなんだけどな、俺。
その後、かなりの時間を待たされた挙句ようやく来た『担当の者』らしい人は俺のみすぼらしい姿を見て大きなため息を吐いた後、建物の奥にある客室…ではなく、窓口の脇で俺の話を聞くと言ってきた。ちなみに自分用の椅子は持参したようだが、俺には用意してくれなかった。
これまでの対応にも腹が立ったが、騒ぎを起こすのはまずいという理性もあって何とか我慢することも出来たが、正直この商業ギルドで働いている連中の意識に低さは目を覆いたくなるほどであった。
それでも情報を得るまでの我慢だと自分を納得させ、平静を装いながらなんとかその『担当の者』から情報を入手するように努めた。
とりあえず、知りたい情報を獲得できたのは僥倖だった。ただその情報料と言うものは明らかに相場よりも高く、こちらの足元を見ているということが嫌と言うほど伝わった。
その情報だって簡単に手に入ったものは少ない。聞かれたことに対して答えればいいのに、「それは場合によって…」とか「それは守秘義務に反しますので…」と言った感じで、簡単な質問にもいかにもお役所仕事の定型文と言った受け答えしかできていなかったのだ。
こちらを怒らせて暴れさせて街の衛兵に連れていってもらい、示談金を支払わせることを狙っているのでは?と邪推してしまいたくなるほどひどい応対だった。にもかかわらず情報料だけはきっちりと請求する…わずか2日しか滞在していないが、この都市に対する俺が抱く感情はすでに地の底に落ちていた。
それでも神経をすり減らした甲斐はあった…と思いたい。
その中で俺が一番喜ぶことが出来た情報、それはこの都市は俺が目的地としていた『交易都市メウリージャ』にそこそこ近いという事だ。距離にして徒歩でおよそ1カ月。明らかに前にいたエルフの里より近い位置にある。
もしかしたらアーロン様もそのことを知ったうえで、ドワーフの国の救援の話を俺に持ってきたのかもしれない。そうだとしたら…やはり、感謝の一言しかない、そしてあの時エルフを助けるという選択をとった自分を褒めてやりたい気になった。
とりあえずドヴェル共和国を取り巻く環境にある程度の決着をつけることが出来たら、『交易都市メウリージャ』を目指すことにしよう。そう思うと、先ほどまでの商業ギルドの職員のクソみたいな対応によって受けた精神的な疲労が少し癒えた気がした。
商業ギルドの建物を出ると、すでに日は傾きかけていた。随分と長い時間商業ギルドにいたものだと思った。俺の対応をした職員も、さっさと情報を俺に渡して俺を帰らせれば残りの時間は他の仕事に回すことが出来たはずだ。そして、そちらの方がよほど建設的ではなかろうか。
とりあえず、今日ももう疲れた。路地裏に入ってロジク形態に擬態した後、昨日泊まった宿と同じ個室をとり、休むことにした。
昨日と同じ感じだな…そう思い睡魔に身を任せることにした。




