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「なぁ、ちょっといいか?」
「はぁ…何だ、お前。見慣れない顔だな」
「ついさっき、この都市に到着したんだ。それで…このギルドにある依頼ってのは、あそこのボードに貼ってあるのが全部なのか?」
「あん?何言ってんだお前、当たり前じゃねぇか。依頼をあそこに貼らなきゃ、誰も依頼を受けることが出来ねぇだろ。それとも何か?お前が前にいたギルドじゃ、そうじゃなかったって事か?」
「そう言うわけじゃねぇんだが…ただ、前にいたギルドで、ここに来れば多少はいい依頼があるって聞いたもんだからよ」
「はぁ…そりゃ騙されたんだよ、お前。あまり大きい声じゃ言えねぇが、この国にいる限りどこにも美味い依頼なんてありゃしねぇんだよ。稼ぎたいならどこか他所の国に行くしかねぇ。実際、才能ある奴は次々とこの国を出て行ってる。この国に残っているのはそうではない、お前みたいな大した才能のないクズみたいな連中ばかりだ」
そう言うと、用は済んだとばかりに先ほどまで読んでいた本に視線を移す。これ以上こいつから情報を得るのは難しいか。仕方ない、あまり気は進まないが商業ギルドにも顔を出してみることにしよう。
商業ギルドでは様々なものを取り扱っている。物やサービスを始め、情報なんかも取り扱っているが当然それなりの対価を支払わなければならない。前世の事をふとした瞬間に思い出すかもしれないのであまり立ち寄りたくない場所ではあったが、冒険者ギルドがこの様では他に頼りになりそうな場所もない。致し方なしだ。
「おい、兄ちゃん。新入りだそうだな、先輩である俺達に挨拶は無しか?」
冒険者ギルドの建物から出ようとした矢先に、飲んだくれている冒険者たちに声を掛けられる。これは知っている。カツアゲという奴だ。職員の方に視線を向けるが、こちらに注意を向ける様子は全くない。助けてくれる気は毛頭ないようだ。
彼らを無視して建物から出ることも、彼らを完膚なきまでにボコボコにすることも容易ではあるが今後の事を考えると目立ちたくはない。大人しく彼らに挨拶をすることにした。
その後、当然のように酒を大量に飲まされ「トイレに行く」と言葉を残し、俺を除く全員で建物の外に連れだって出ていかれてしまった。当然支払いは俺持ちだ。俺が来る前からそれなりに飲んでいたのだろう、銅級冒険者の稼ぎからすればかなりの出費といえる額の払いを終え、冒険者ギルドの建物から外に出る頃にはかなりの時間が経過していた。
時間を無駄にしたことと、つまらない連中と関りが出来てしまったことに苛立ちを覚える。ただ、わずかではあるが情報を得ることも出来た。もちろん出費に見合うだけの情報ではないが。
俺が酒を飲まされている間に幾人かの冒険者がこの建物を利用していたようだが、その数は決して多くは無い。しかもそのほとんどが、銅級以下の連中だった。1人か2人ほど銀級も見かけたが、良い言い方をすれば熟練の、悪い言い方をすれば齢を食った者達であった。
よくこんな連中でギルドの運営が成り立つものだと、逆に感心してしまったほどだ。
今日はもう疲れた。安酒に付き合わされた挙句に、心にもないおべっかを吐きまくったからだ。もう2度と関わりたくない連中ではあったが、「俺達はよくここで飲んでいるから、分からないことがあれば聞きに来ると言い」と言っていた。つまり今後とも冒険者ギルドを利用していれば、奴らに会う可能性もあるという事だ。
正直げんなりしてしまう。一応奴らから情報を聞き出そうとしたが、碌な情報を持ってはいなかった。珍しく聞き出せた情報も、この辺りに初めて来た俺ですら簡単に看破できるほどの整合性のない出鱈目な情報であったからだ。
とりあえず、明日の朝一番で商業ギルドに顔を出して情報を入手することにしようと心に決める。その後冒険者ギルドで聞いた宿に行き、他の都市と比べかなり割高である個室をとった。
肉体的な疲労による睡眠は必要ないが、精神的な疲労によって睡眠を欲してしまう。今日あったことをグレイグ将軍に預けた眷属に報告した後、泥のように眠ることにした。




