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行政施設の門を警備している兵士に俺達の身分証を見せ、アーロン様から預かった手紙を渡す。手紙にはエルフの国の国璽が押されている。警備兵は恭しくその手紙を預かると猛ダッシュで行政施設の中に入っていった。
かなり慌てていた様子だったのでこのまま門の外で待たされるのか?という疑問も頭をよぎったが、すぐに行政施設の役人と思われる人物が大慌てで出て来て中に案内された。
ドワーフの背丈は人間よりも低い。そのためドワーフが利用することを主軸に置いて作られたこの行政施設の設備は俺達には小さく感じられ、少々使いにくいものになっていた。具体的には天井が低かったり扉の高さが小さかったりといった感じだ。
それでも平均的な人間よりも更に一回り背の高いレオンでも何とかこの施設を利用できたのは、この施設が大人数で利用することを予想してあらかじめ大きめに作られていたためであろう。そうでなければ、最悪レオンは外で待っていてもらうことになっていたはずだ。
ちなみに案内してくれている役人が言うには、バーバリンは元交易都市らしく様々な種族が訪れるという目的故に、体格の大きな種族でも不自由なく利用できる場所もちゃんと用意されているらしい。
そう考えるとこの行政施設を他種族である俺達が利用しているという状況自体が、おかしなことであるとも言える。他種族が利用することを考えていない施設を、他種族が利用して不便だと感じることこそが正常であるのかもしれない。
俺達は案内された客間でしばらく待つように言われる。
ソファーもテーブルもやはり少し小さく感じるため、レオンがかなり窮屈そうにしている。そんなレオンを横目に俺は体を少し小さくさせる。元々スライム体であるので窮屈だと感じることは無いが、それとこの場所の利用のしやすさは直結するものではない。
郷に入っては郷に従え。やはり少し小柄な方が居心地がいい。客間に並べられた調度品も、今の体型のほうが眺めやすいのだ。そんな俺をレオンが恨めしそうに見てくるが、まぁ、そこまで気を使ってやる必要はないはずだ。
ドワーフ製の素晴らしい調度品を眺めていると思いのほか時間の流れが速く感じる。そしてレオンにとっては窮屈な、俺にとっては充実した時間が流れ客間がノックされた音で不意に我に返る。どうやら自分が思う以上に、調度品に心を奪われていたようだ。
そのノックに応えると、背は低いながらもガッチリとした体格のドワーフと、いかにも文官と言った出で立ちの少し細身のドワーフが連れ立って入ってきた。
都市長と城を守る将軍は兼任であると聞いていたので、将軍なら先に入ってきたガッチリとしたドワーフのイメージがあり、都市長なら後から入ってきた細身のドワーフといったイメージであるため、どちらがグレイグさんであるのか判断がつかない。そんなことを考えていると先に入ってきたガッチリとした体格のドワーフが口を開く。
「お待たせして申し訳ありません。都市長兼将軍であるグレイグです」
「いえ、突然の訪問にもかかわらず時間をとっていただいたことに感謝しております。それと、我らに敬語は不要です。確かに国璽が押された手紙を渡しましたが、私たちはエルフ国の代表というわけでもありませんので」
代表して俺がそう答える。
「そうか、うむ。まぁ、陛下からの手紙にはそう記載されておったが一応体裁を保つ必要はあったからな。おぬしがそう言うならそうさせてもらおう。して…おぬしが『ゼロ』殿であっているのか?」
「ええ、その通りです。ちなみに手紙には何と?」
「お主の正体がスライムで、色々と特殊な能力を持っていて悪知恵も働くから、きっと儂らの役に立ってくれるはず…そう書かれておったな。陛下の言葉を疑うわけではないが証拠となるようなものを見せてもらっても良いか?…おっと、儂の後ろにおるこ奴は儂の腹心じゃ。ここで得た情報を外に流すということは決してないから安心せい」
腹心か、なるほどね。恐らくは将軍職はグレイグさんが主導して職務を行っており、都市長職をこの腹心さんが中心となって行っているのだろう。だから彼もこの場所に呼ばれたのかもしれないな。まぁ、何の根拠もない、俺の主観である。
だったら何故、この2つの役職を兼任させるようなことになったのか。初めから別々な人物が務めるのが普通なのではないか。
いや、ここは交易都市でありながら、人間との戦争の前線基地という役割もある。戦時では一瞬の命令の遅れが勝敗を分けるという結果にも繋がりかねない。
そう考えると、戦場で2人の指揮官がいるという状況は命令系統の違いにより現場の混乱を引き起こしかねない。だったら体裁だけでも2つの役職を兼任させて、トップを1人にしておいた方が安心なのかもしれないな。




