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里を出発してちょうど2週間目の今日、俺達は渓谷に囲まれた深い谷を移動していた。渓谷の入り口付近はぺんぺん草も生えていない不毛と言える痩せた大地であったが、奥に進むにつれて自生している草木が見えるようになっていった。
久しぶりに見る緑色に安心感を覚える。リース曰く、この辺りは地形を利用した防衛が上手くいき『アーミー・ローカスト』の侵入を防ぐことが出来ていたのだそうだ。
リースが言うにはもうしばらく行けば俺達の目的地である城が見えてくるらしい。
「ドヴェル共和国に入ってからしばらく移動してきたわけだが、国境付近に村や町などが見当たらなかったな」
「以前はあったのですが人間の国に進行されてしまい、そういった場所は放棄せざるを得なかったそうです。この国も、そういった場所に常時兵士を配備し続けるだけの余裕があるわけでもないですからね」
「これから俺達が向かう城が、人間の国との最初の防衛ラインという事か」
「元は交易都市だったので現在のような巨大な城壁という仰々しいものは無かったのですが、人間の国に進行されて仕方なしに建造したそうです。ただ御覧の通りの立地なので、難攻不落の堅城として今はドヴェル共和国の民の安寧を守っているそうですよ」
周りを見回すと険しい山脈に囲まれている事が分かる。この山脈に大軍を展開することは不可能だろう。となると必然的に、俺達が今通っている道を使って侵攻せざるを得ないと言うわけだ。
敵が進行してくる方向が分かっていれば、奇襲を防ぐこともそう難しくないだろう。それに山脈には所々に櫓の様なものが建造されている。そこから、この道を利用する者を監視しているのだとすれば、防備の面からすればより完璧に近いものになるはずだ。
しかし大軍を展開できないとはいえ、少数なら山脈を通って移動することも不可能ではないと思う。少数なら大勢に影響がない、そう考えてしまうのも理解できなくもないが、少数でも戦局を左右しうるだけの強者は存在している。
そう、普段から魔物を倒し経験値を得て位階を上げている冒険者だ。それに冒険者は普段から険しい道を通ることもあるため、山脈を通り移動することもそう難しい事でもないだろう。
人間の軍隊がこの道を通りドワーフ達の視線を釘づけにして、別動隊である冒険者が山脈を通り城に奇襲をかける。その混乱を利用して人間の国がドワーフの軍を撃破して一気にドワーフの国に侵攻する…簡単にはいかないだろうが、その可能性もあるのではないだろうか。リースに聞いてみる。
「その点は大丈夫だと思いますよ。山脈には『地雷』という地中に設置して、人間がその上を通ると重さを感知して爆発するという兵器が配置されているそうですから」
「爆発する魔道具か…恐ろしい魔道具だな。おまけに地中に設置するのか。ドワーフたちの監視を潜り抜けながら、地中に設置してあるそれを回避するのは冒険者といえども難しいだろうな」
「当然、地雷が設置されていないルートを通ることでドワーフ達は山脈内を移動していますが、そのルートを知っているのもドワーフの連隊長クラスのみであり、情報統制は完璧だそうです」
「しかし、人間以外にも移動する者がいるんじゃないのか?例えば魔物とか…と、『アーミー・ローカスト』のせいで、食い物があまり無いこの辺りに生き物がほとんどいないんだったな」
「その通りです。実はこの兵器は100年以上前に開発された物なのですが、当時はコストパフォーマンスが悪いと判断を下されていたそうです。皮肉にも『アーミー・ローカスト』のおかげで、この兵器は日の目を浴びることになってしまったのですよ」
開発者も微妙な心境だろうな。開発したときは自分の発明品が認められなくて悔しい思いをしただろうが、周りの人が不幸になった災害が原因で有用性が認められて国内に広まったわけなのだから。
そんな事を考えていると、遠くに巨大な壁のようなものが見え始めて来た。
「見えてきましたよ、皆さん。あれが我々の目的地、ドヴェル共和国の元交易都市、バーバリンです!」
人間の侵攻からドワーフ達の営みを守る巨大な城壁。確かにそこに住まうドワーフ達からすれば、頼もしい事この上ないほどの威風を漂わせていた。