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リースと話していると、何故俺の眷属がエルフの国で重宝されそうになっているのか分かった気がした。俺の念話がそれだけ重要視されているためであろう。
そして、その原因を作ったのが100年前にあった『アーミー・ローカスト』の災害ということだ。初め、ドワーフの国が『アーミー・ローカスト』の被害に逢った時、当時のドワーフの国の国王はすぐに周辺に援軍を要請したそうだ。
その中に俺達が転送されたエルフの里もあったのだ。当時のエルフの里の里長もすぐに本国に援軍を要請しようとしたわけだが、あの里にはローゼリア様のようなハイ・エルフはいなかった。つまり本国と連絡を取るには、本国との連絡手段を持つ大きな都市まで移動しなければならなかった。
その都市までの移動にも時間がかかり、着いてからも本国に連絡、国の上層部に話が行くまでに更に少なくない時間が必要となる。
何とかエルフの里に被害が及ぶまでに対応することは出来たが、ドワーフの国に対する支援は間に合わなかったのだ。それが、アーロン様の心に小さくない楔として残り続けたのだろう。
そこに現れたのが大きな都市に置いてあるような高性能な連絡用の魔道具など必要とせず、念話によって簡単に情報交換をすることのできる俺だ。これなら配備も簡単で辺境の里、そして友好国の危機に即座に対応できるようになると。もちろんすべてを俺に任せるつもりはないだろうが、手段の1つとするなら十分すぎるはずだ。
もちろんサーチ・スライムやインセクト・スライムの有用性も認められたとは思うが、国民の安全を守るという意味では、緊急時に即座に連絡を取ることのできる手段と言うのは彼の目にとても魅力的に映ったはずだ。
そして何よりも素晴らしいのは俺の眷属は意思を持ち、維持管理するのが非常に楽で、おまけに身体に危険が及んだときも自主的に行動出来るという点もあるだろう。
例えばエルフの辺境にある里が人間に強襲され、援軍を呼ぶ前に里のエルフすべてが無力化されてしまったとしよう。そんな危機的状況でも、俺の眷属なら自主的に援軍を呼ぶことも出来る。
人間に眷属の姿を見られても、それが連絡を取る手段であると判断できる人間なんているはずもない。これが連絡用の魔道具なら見られた瞬間即座に破壊されるか、エルフの技術を盗むために本国に持ち帰られるはずだ。
里を占拠する人間に対しても、その辺の知能のないスライムのような演技を続ければ人間達の動向を堂々と観察することも出来て、エルフの援軍が来て里の奪還に動くときは有用な情報を送ることも出来る。まさに至れり尽くせりといったところだ。
「もう少し行けば、ドワーフの国の国境に辿り着くことが出来ます。この辺りは100年前は大きな穀倉地帯でした。当時のドワーフの国の食料自給率のおよそ2割を占めていたそうですよ」
「なるほど、悲しい事だが今じゃ見る影もないな」
「ドヴェル共和国でも研究が続けられていて、何とかこの汚染された大地を復活させようと頑張っているそうですが…あまり上手くいっていないようです。仮にその術が見つかり戦争中である人間の国にも提供すれば、もしかしたら戦争が無くなるかもしれないと考えている方もおられるとか…」
確かに困窮から解放される術を手に入れることが出来るなら、それ以上戦争を起こす理由は無くなるかもしれない。しかし何故ドワーフの国は戦争中である人間の国の事を気にかけるのか。普通ならそんな貴重な技術、独占しそうなものではあるが。
「ドワーフは我々エルフほどではありませんが、平均寿命は200年と人間よりも長命です。つまり現在のドヴェル共和国の上層部は、『アーミー・ローカスト』の被害を直接その目で見た者で多くを占めています。そしてその恐ろしさを身をもって感じているのです。つまり彼らからすれば、人間の国家はある意味、同じ加害者によって苦しめられた仲間であると感じているそうなんです」
つまり同族意識を感じてしまっているという事か。義理人情に厚いドワーフらしいと思う。ただドワーフとは違い、人間の寿命は長くて80年程度。現在では当時を知るものは当然いないし、幾度の世代交代も相まって人間がドワーフに同族意識を感じるということは無いだろう。
それに人間の国は他国からの支援を受けて戦争を起こしている。そしてその中には亜人を目の敵にしている『教会』がいる。仮に汚染された大地を浄化できたとしても、『教会』がその人間の国家の戦争を止めさせるということは決して無い。
『教会』が戦争を止める時、それはドワーフの国が人間の国によって蹂躙された時だ。だが国力の差から考えても、人間の国がドワーフの国に勝つことは、ほぼほぼあり得ないと思われる。
つまり他国の支援を受けてしまったこと、そして『教会』の援助を受けてしまったことでその人間の国の滅亡は決定づけられてしまったのかもしれない。国を保つために取った方法が、国を亡ぼすことに繋がった…なんとも皮肉な話だと思った。




