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翌日、リースの指示に従って里を出て森の中を進む。整備されているとはいいがたい険しい道を進むのは難儀なことであるはずだが、平地を歩く速度と変わらない速度で先を行く彼を見れば俺達を先導役として選ばれた理由が分かった気がした。
ちなみに足の遅い俺の眷属は獣人の肩に乗って移動を手伝ってもらっている。それでも移動速度が変わらないのは、流石は解放軍の幹部であった者達と言わざるを得ない。
道中、彼と様々な会話をした。こちらに完全に心を許したわけではないだろうが聞かれたことには素直に答えてくれた。逆に相手もこちらの事を聞いてきたので、答えられる範囲で答えておく。俺には色々と隠しておかなければならない情報が多いのだ。
ただ数日も行動を共にすればある程度の信頼関係も築けたのか、だんだん話し方もフランクになってくる。そんな中、ようやく険しい森を抜け、開けた場所に出ることが出来た。
スライム的には森だろうが平野だろうが住みやすさに変わりはないが、なんとなく開けた場所の方が解放感があって落ちつく。これもまた、前世の名残だろう。まぁ、ただの気持ちの問題だ。
「話には聞いていましたが、皆さんかなり身体能力が高いですね。私がこの速度で森の中を抜けることが出来るようになったのは、行商人になってしばらくしてからのことでしたからね」
「身体能力はエルフより獣人の方が高いからな。身体能力ですらエルフに負けてしまっては、魔力の低い獣人に立つ瀬が無くなってしまう」
と、軽口を叩くレオン。解放軍が解散してからは、こういった軽口を良く叩く事が多くなった。聞けば元々こういう性格だったが、解放軍のリーダーを任されて以降はそういった態度を見せなくなっていたそうだ。
解放軍のリーダーという責任のある立場にプレッシャーを感じていたのだろう。そこから解放されたことにより、色々とはっちゃけているのでは?とのことだった。
確かにレオンの性格からすればリーダーとして後方に構えているよりも、最前線で武器を振るっている方が性に合っているだろう。解放軍との共同戦線が決定したとき、俺に全体の士気を任せようとしていたのは自分も前線で戦いたい、そういった意図があったからかもしれない。
「周囲に強力な魔物の気配は無いな。だが…」
「魔物の気配が全くない方が、逆に気になってしまう…と言ったところでしょうか?」
「そうだ。森の近くの平原なのに、こうも魔物の気配が少ないなんて…なにか理由でもあるのか?」
元来森の近くと言うのは、弱い魔物のたまり場になっていることが多い。強力な魔物が出て来ても森に身を隠すことが出来るからだ。にもかかわらずこの場所には弱い魔物も強い魔物の気配をほとんど感じない。
「もうしばらく歩けば分かりますよ。言葉で聞くよりも、実際にあなた方の目でご覧になられた方がご納得していただけるかと」
その言葉を聞いてしばらく歩くと、リースの言った言葉の意味が分かった。そこは、先ほどまでいた木々の生命力にあふれた森とは打って変わって、散発的にしか草が生えていないような貧しい大地だったからだ。
「『アーミー・ローカスト』という魔物はご存じですか?」
「いや、俺は知らないが…お前たちはどうだ?」
レオンがそう返答し、それに呼応するように口々に自分も知らないと答える獣人達。
「ゼロさんは…その様子だと、ご存じのようですね」
「一応は。ただ、それほど詳しいというほどでもない、何かの書物でその名を目にしたぐらいだからな。それでも一つ確実に言えることがあるとすれば…とんでもなく厄介な魔物である、ということぐらいかな」
「ええ、その通りです。少し長い話にもなりますし、移動しながら話しましょうか」
そう話すリースの後に着いて移動する俺達一行。彼の様子、そしてこの大地を見ればこれから話す内容が決して楽しい物にはならないと予想するのは、そう難しいことではなかった。




