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モコナの寝室の清掃の時間は調査済みなので、ちょうど清掃が終わるタイミングを見計らって寝室の前に移動する。日中の移動であるため人目を気にしながらの移動は思ったよりも神経を使ったようで、寝室の前に移動する頃には精神的に大分疲労してしまった。
それでも何とか清掃が終了する直前には部屋の前に到着し、使用人の隙を突いて寝室のベッドの下へ移動した。ここまで来たら、後は時が来るのを待つだけだ。
日が暮れ、人々が眠りにつく時間まではまだ十分すぎるほどの時間があるため手持ち無沙汰になってしまったが、俺は眷属とつながっているのでこういった時間も暇をすることなく待ち続けることが出来る。
さて、どこの眷属の感覚をつないで暇つぶしをしようか。無事生まれ故郷に帰り、群れの長を倒し新たな長に就任したジルとともに行動している眷属にしようか。それともエルフの国に行き、こちらの想定よりも早いスピードでエルフからの信頼を得て活動を始めている眷属達にしようか。
悩んだ挙句俺が感覚をつなげたのは、ローゼリア様の里にいる精霊樹の実を今まさに食べようとしている個体にすることにした。もちろん味覚を共有し、精霊樹を味わいたかったのもあるが、インセクト・スライムに進化した個体の情報を入手しておこうとも思ったからだ。
『ど、どうしたんですか、ボス。何か急用でもありましたか?』
『なに、美味そうなものを食べようとしているのが見えたからな、ご相伴にあずかろうと思って。その証拠に味覚は共有しているが体の支配権までは奪ってはいないだろ?俺の事は気にせずさっさと精霊樹の実を食すがいい』
『はぁ、分かりました。感覚が共有されていると思うと、微妙に落ち着かないですが…』
と言いつつも、美味そうに精霊樹の実を食べ始める眷属。落ち着かないと言っていたものの、感覚を共有しているためかこの眷属の美味しいものを食べたことによる喜びの感情がひしひしと伝わってくる。
しばらくの間2人して余韻を楽しんだ後、里の近況について報告してもらうことにした。
『奴隷にされていた獣人の方々の治療は終わっています。それほど重症ではなかった獣人の方は、すでに少し離れた場所にある獣人の村々に移動を始めています。今エルフの里に残っている元奴隷の獣人は、見せしめ、もしくは事故等により大きな怪我を負った方のみになっています』
『そうか。ちなみにレオン達、解放軍の連中はどうなんだ?』
『元奴隷の獣人達の移動の道中の警護。その後は、移動した先で共に生活をしていくつもりだそうです。解放軍は結成した目的は達成できたので、解散したというわけですね』
『まぁ、いつまでも解放軍を維持していく理由はないからな』
『ただ、レオンさんとその近しい方は遠方に旅に出るそうです。その際に連絡用として、我々の眷属を一体貸してもらえないかと話が来ています』
『レオンは他の獣人と同じように、遠方にある獣人の村で暮らさないのか?』
『ボスとレオンさんが足止めをした冒険者は多く、そのため生き残った冒険者も多いですからね。万が一自分の顔が見られていたとしたら、移動した先の村に迷惑をかけかねないから、と』
外装で顔を隠していたことに加えて、日中ではなく夜間の暗い中での戦闘だった。加えて元人間の俺が思うに、獣人の顔なんて人間には簡単に区別がつきにくいと思うが…まぁ用心に越したことは無いか。
『あと、ボスから譲ってもらったゼノンの武器と鎧もこの辺りではかなり目立つから、そこから今回の襲撃事件の主犯が獣人であるとバレるのでは?とも思ったそうです』
『確かに、あれほどの装備品なんてそうある物でもないからな。レオンの懸念ももっともだ。だったら…俺と一緒にドワーフの国に行かないかと聞いておいてくれないか?他に目的地がないのなら、で構わないからさ』
『分かりました。あとは…』
細々とした情報交換をした後念話を終わらせる。その後他の精霊樹の実を食べようとしている眷属と感覚を共有させ、近況を聞くという作業をしばらく続けていると、寝室に人が入ってくる気配がした。もうそんな時間か、いよいよだな。