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数週間も立てば片手間で集めていたとはいえある程度の情報も集まってくる。ただその間も状況は変化しており、現伯爵と関係者の間に生じた軋轢が少しずつ大きくなっていた。
自身の政策の失敗を認めたくない現伯爵と、失策を攻めて自身の影響力を強めたい家老達。齢の為、存在感が薄くなりつつあるが今なお根強い人望のある叔父のモキド・マリアーベ。そんな三つ巴の状況が続いている。モキドはやる気は無さそうだが、周りがそれを許してくれないようだ。
その軋轢が生じる原因を作り出した俺が言うのも何だが、正直そんなことをせずに皆一丸となってお家の力の回復に全力を尽くせと思わずにはいられない。まぁ、貴族がそういう性質の生き物であるという事はよく知っているから、こういった作戦を実行しているわけだが。
現伯爵は家老とモキドが手を組まないよう必死に裏工作をしており、影響力を強めたい家老達は現伯爵が忙しく目が行き届いていないことをいいことに自身の力を伸ばすことに心血を注いでいる。
モキドはそんな両者から距離をとっているが、逆にそれが清廉に見えるとかで争いに参加していない家臣たちから彼を推す声が増えている。そして、そんなモキドを見て焦りを覚える現伯爵が…と、そんな流れが出来ているのだ。
今、現伯爵を暗殺しても周りの関係者が疑われるに違いない。時間を掛け何かしらの決着がついてしまえば、せっかくドミネイト・スライムに支配させた人間を使って作り出した軋轢が解消されてしまうかもしれない。
仮に暗殺に失敗しても最初に関係者が疑われ調査はそこから行われるだろうからな。こんな絶好のチャンスは逃したくない。早速行動開始だ。
ネズミに擬態した俺はマリアーベ伯爵家の屋敷に侵入した。屋敷にいる警備兵の巡回経路は熟知しているし、警報の魔道具の隙間をぬって侵入することも今の俺の大きさなら容易だった。
屋敷の中に無事侵入した俺は『支配』した人間の集めた情報に従って目的地へと移動する。今回その『支配』した人間を侵入の為に利用しないのは、万が一にも俺が『支配』した人間が暗殺の犯人と疑われるという状況を回避するためだ。
もちろん『支配』した人間が殺されたとしても痛くも痒くもないが、わざわざ危険を冒す必要はないのだ。
それにしても相変わらずデカい屋敷だ。調度品もかなり高額な物で揃えられており、売ればかなりの額になるだろう。その売った金で復興に力を入れれば家臣達からも見直されるだろうが…
俺がモコナならとりあえず必要のない物を売って金を作り、それを復興費用に充てる。はっきり言ってパフォーマンスだ、自分は都市の復興を全力で取り組んでいますというな。そして自身に反抗的な態度をとる家老に「俺は身銭を切って復興を支援しているがお前はどうだ?」と圧力をかけて金を出させる。
もちろん素直には従わない奴もいるだろうが、トップが身銭を切っているというのにその配下が復興に力を貸さないという状況を他の家臣が見れば、どのような感情を抱くのかは想像に難くない。金を出せば復興が早まる上に家老の力を削ぐことも出来るし、出さなければ家老に対する攻撃材料になる。つまりどちらに転んでもモコナにとってプラスになるというわけだ。
まぁ、面子を何よりも重要視する貴族には身の回りの物を売って金を作るなんて無理な話だろう。家財を売ったという話が他の貴族に知られればマリアーベ伯爵家も先が無いと判断されかねないからな。つくづく貴族というのは合理的に物事を考えることのできない、面倒な生き物なのだと理解させられる。
とは言え、当主の対抗馬が高齢なモキドぐらいしかいないわけだからな。俺が何もしなければ、多少の影響力が低下しただろうが案外モコナが領主としてこのままこの都市を支配し続けていたかもしれない。残念ながらそうはならないがな。
そんなことを考えてながら移動し、ようやく目的地であるモコナの寝室の前にまで来た。この寝室には他所よりも厳重に警備用の魔道具が設置されており、外からは正しい開け方、もしくは中から開けないと大音量の警報が鳴り即座に警備兵がこの場に集まる事になっている。
外からの正しい開け方を知っているのは部屋の主と警備主任、あとは執事長を含む数人だけであり、皆立場のある人材であるため普段からおつきの人と行動している。そのため、それらの人間をあらかじめ『同化』することは出来なかった。
だから発想を転換させた。いつものように夜間に侵入するのではなく、日中使用人が掃除をしている時間などの寝室の扉が開いている状態のときに侵入して、夜モコナが来るまで寝室の中で待ち伏せするという手段をとることにした。
もちろん俺が人間の大きさをした状態なら間違いなく見つかってしまうが、ネズミに擬態した今の状態なら簡単に見つかることは無い。
モコナが1人で寝室で寝る保証は無いが…まぁ、今日確実に殺さないといけないというわけでもない。チャンスがあれば今日殺す、その程度の心持でいよう。




