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様々な依頼をこなしながら過ごすことおよそ1カ月。上位冒険者の数が減ったためか難度の高い依頼が残っている事が多く、ギルドからそれとなく受領するように頼まれてしまい、断りきれずに受領してしまった依頼に追われる忙しい日々を過ごしていた。
ちなみにギルドから正式に発表はされていないものの、ゼノンの死は周囲の反応からしてほぼ確定的なものになっていた。それでも未だ正式に発表されていないのは、領主であるマリアーベ伯爵がその発表を止めているからだと受付嬢から聞くことが出来た。
恐らくは苦労して来てもらったゼノンの死を受け入れることができないためであろう。不安からか事あるごとに側近に当たり散らし、ただでさえ人手の足りない冒険者ギルドにもゼノンの捜索のための大部隊を派遣させようと圧力をかけてくるらしい。
そう言った不祥事もあってかドミネイト・スライムに支配させた人間を使って行っている情報工作にも着実に結果が見え始めた。
ただその代償として衛兵に目を付けられたドミネイト・スライムに支配させた人間の幾人かが捕らえられ、拷問の末に取り調べ中の事故として処分されてしまった。
正直、いくらでも代えのきく支配した人間を殺されても俺の胸は痛まない。元は奴隷に対して酷い扱いをしていた奴隷商の職員であるのならなおさらのことだ。
しかし、そんな俺でも思うところが一つだけあった。それは『取り調べ中の事故として殺された』という事だ。そう、俺が前世で殺された状況と同じだったという事だ。
不正を許すことが出来ない…そんな正義感から来るものでは決してない。それでも、腹が立ったのだ。俺を殺した連中と、同じようなことをしている連中に。
幸い時間には余裕がある。エルフの国に派遣した眷属達はその能力を使って各地で活躍しているそうで、国のお墨付きで各里の配置されることも検討されている。今はその結果待ちの状態だ。
俺がこれから向かう予定であるドワーフの国も、俺が向かうのが数カ月遅くなろうとも体制に影響はないはずだ。
この空いた時間を何に費やすのか決まった。事故を装って支配した人間を殺した憲兵の抹殺、そしてそれを指示したであろう領主であるモコナ・マリアーベ伯爵の暗殺だ。
目標が決まれば後は突き進むだけ。幸いこの都市の情報収集は獣人の手を借りることでほとんど完了している。都市の衛兵などには多少の変化があるだろうが、その程度の事なら簡単に調べがつく。早速行動に移ろう。
「な、なんだお前は!俺に何をしようってんだ!」
時刻は真夜中。酒を出す飲食店で出禁をくらうほど酒癖が悪く、これまでも何度も問題を起こしている1人の衛兵を拘束し路地裏へと連れ込んだ。こんなロクデナシなら気兼ねなく『支配』できる。
ドミネイト・スライムは自分の支配している人間の管理で手いっぱいであろうから、今回の作戦においては俺が直々に『支配』することにした。まだ能力に慣れていないので上手くいかないかもしれないが、来るべき時のための練習だと思えば今のうちに失敗しておくのも悪くないかもしれない。
仮に失敗した場合こいつの遺体はどうなるのだろうか。多分、日ごろの酒癖の悪さは周知の事実であろうから、酒に酔って路地裏に迷い込みその場で金目的の連中に殺されたと判断される…と言ったところか。まぁ、ミスリル級冒険者である俺にたどり着くのは不可能だな。
それにしても少しうるさいな。口を塞いでおけばよかったか…まぁ、今更だな。すぐに『支配』の能力を行使する。………上手くいった。感覚が繋がった感じがした。とりあえずこいつにはしばらく衛兵としての仕事をまっとうに勤めてもらい、『現在の』この都市の情報を集めてもらうことにしよう。
数日後、普段まっとうに働いていない奴が急に真面目に働き始めたとして、俺が支配した衛兵が周りの人間に怪しまれてしまった。やはり能力を完璧に使いこなすというのは難しい事だと改めて実感した。




