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「それにしても…俺が聞いていた噂と少し違いましたね」
「何がじゃ?」
「いえね、昔エルフとドワーフは仲が悪いっていう話を聞いたことがあるんです。でも、今回の話の流れだとそうでもないんだなって」
「エルフとドワーフの仲が悪い、か。どちらかと言うと、儂らエルフは人間の方と仲が悪いんじゃがな。ドワーフは人間と違い、儂らを奴隷として捕えようとはせんからな」
となると、一体誰がそのような噂を流したのか。多分『教会』の関係者ではないかと思う。『協会』からすれば亜人はすべて敵。敵は団結していない。敵戦力を過少に見せかけて味方(人間)の士気を上げることは戦場における常套手段ともいえるだろう。
もちろん実際に戦闘になればそれが偽りであったとすぐに分かりそうではあるが、『教会』からすれば戦争になった時点である意味目的は達成したことになる。亜人の戦力を削ることが出来るのだから。
各国に幅広い繋がりを持つ『教会』からすれば、数多ある人間の国家が亜人との戦争に負け1つ2つ無くなろうとも痛手にはならない。むしろ滅んでしまえば、その後の復興に力を貸すことでより『教会』に従順かつ、亜人に敵対心を抱く国家を誕生させるきっかけにもなる、そう考えていてもおかしくない。
やることがえげつないんだよな、『教会』って。人間の国いたころは全く気が付かなかったがこうして亜人と仲良くなることで、それが見えるようになってきた。それだけ『教会』のやり方が巧みなのだろう。
「ドワーフの作る製品はどれも品質が良いから儂らエルフも重宝しておる。つまりドワーフの国に倒れられれば儂らもそれなりに損失を被ってしまうというわけじゃ。お主を派遣する気になったのも、そのことを気にしての事かもしれん」
「それは…ドワーフとの友好関係を続けるためのちょうどよい人柱を見るけたと言うことなのか、それとも俺に期待していると言うことなのか…」
「まぁ、後者じゃろうな。第一、人柱にするつもりなら、わざわざここにきて直接説明することは無かったじゃろう。儂に言伝と言う形で終わらせておったはずじゃ。しかし…本当に良いのか?」
「何がですか?」
「いやな、ドヴェル共和国に行けばお主の好きな精霊樹の実が食えなくなるのでは?と、思うてな。まぁ、いずればこの場所を出るつもりじゃろうから、それが速くなるか遅くなるかの違いではあろうが」
「問題ありません。すでに策は用意してあります」
「ほぅ、流石じゃな。ちなみにどういった策なんじゃ?」
「俺が眷属と感覚を共有できることは周知の事実でしょう。今までは視覚と聴覚だけでしたが、訓練により味覚も共有できるようになりました。つまりエルフの里で働いてる眷属と味覚を共有すれば、いつでもどこでも精霊樹の実を味わうことが出来るというわけです」
「…お主のその精霊樹の実に対する執着は恐怖すら感じるの」
その後これからの打ち合わせをして、ローゼリア様ちょっとした用事があるとのことで一足先に客間から出て行った。
それにしても、アーロン様ほどの人に期待されるのは少々気が重い。まぁ、強くなるチャンスをもらったと思い定めることで少しだけ気も楽になる。国同士のいざこざだ。俺が出来ることなどたかが知れているだろうし、たとえ大した働きが出来なくても責められることは無いだろう。
アーロン様からねぎらいの声を掛けられ、歓喜のあまり放心状態にある重鎮たちのわきを通り抜け眷属達の待つ精霊樹の前に移動する。話は全て念話を使えば距離に関係なく伝えることが出来るが、わざわざ集まってもらった。まぁ、体裁を大事にしたというわけだ。
『皆も知っているが、マリスレイブの件が片付けば俺はドワーフの国に行く。それまでに眷属を増やし、他のエルフの里に派遣できるようにしておくつもりだ。お前たちも里の警備などで外に出ることがあれば、積極的にスライムを連れ帰っておいてくれ』
同意する念話が送られる。これほどたくさんの念話を同時に送られるのは少しばかりうるさいと感じた。しかしそれも、それだけ俺の力が拡大しているという証明でもあるので頼もしいとも思う。
決起集会?も伝えたいことは伝えたので、さっさと終わらせ各々が仕事に戻り始めた。俺も魔力もスライム細胞もすべて回復した。そろそろマリスレイブに戻ってもいいかもしれない。
マリスレイブの一般的な情報はドミネイト・スライムが支配した人間から収集できるので問題はないが、冒険者ギルドに所属しているマジクでなければ入手できないような情報もあるはずだ。
とりあえず今日はお偉方と会って話をしたので、とても疲れた。精霊樹の実をたらふく食して、心と体を休ませよう。動くのは明日以降だ。




