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「それじゃ、僕は帰るよ。君の眷属達の使用感を確かめて、ローゼリアを通して連絡するよ。それまでは君たちは君たちのなすべきことをしておいてくれ」
「分かりました。色々とありがとうございます」
来た時と同じように、一瞬にして姿が掻き消える。興味が湧きアーロン様に連れられ一緒に転移した眷属に視覚を共有する。周囲の景色が一瞬で切りかわり、少し離れた場所に精霊樹よりもはるかに大きな樹がそびえ立っているのが見える。これが噂に聞く世界樹なのだろう。あまりの大きさに圧倒されてしまう。
そこから更に徒歩で移動をするようだ。どうやら目的地には直接転移しなかったのだろう。国王である彼が直接目の前に現れれば、現場は混乱してしまうはずだ。家臣たちにある程度の配慮をしているのかもしれない。
視覚を本体に戻す。周りにいる里の重鎮たちは国王…いや、アーロン様から直接ねぎらいの言葉を賜っており、その言葉に未だ酔いしれているようだ。しばらくは会話をすることが出来そうにない。
とはいえ全滅というわけでもなく、一人だけ大丈夫そうな人がいた。ローゼリア様だ。彼女の本体はエルフ本国にいる。多少は国王と謁見する機会があるのだろう。いつの間にか、いつものロリィな姿に戻っていた。
「ふぅ、あの方も人が悪い。わざわざ本体で転移する必要は無かったじゃろうに。まぁよい。それでお主、ドワーフの国に本当に行くつもりか?」
「はい。当然危険はあるでしょうが、今まで俺の身に危険が無かったことの方がありませんでしたので。今回も入念に準備をして挑もうと思います」
アーロン様から勧められたドワーフの国、名前を『ドヴェル共和国』といい隣国にある人間の国家と長い間戦争状態にある。初めは亜人国家であるとはいえ戦争をするほど仲が悪かったというわけではなかったのだが、人間の国にある問題が発生してしまった。鉱山資源が枯渇してしまったのだ。
元々両国が存在している土地は豊かとは言えず瘦せた大地であったが、その反面地下資源は豊富にあったのだ。その為、両国共に自国で採掘した鉄鋼資源などを外国に売って、その金で諸外国から食料品などを輸入することで成り立っていた。
しかし人間の国の鉱山が枯れ果ててしまい、外貨を入手する術を失い諸外国から食料を輸入することが出来なくなってしまったのだ。痩せた大地に飢える国民。その人間の国の国王が打開策として取った方法が、未だ地下資源が豊富にあるドワーフの国の領土を攻めとると言うものだった。
判断とすれば間違いであると断じることは出来ないが、ドワーフの国からすれば溜まったものではない。すぐさま軍を派遣し、攻めてきた人間の国の軍隊を撃退した。
ドワーフは人間の胸ほどの身長で素早い動きは苦手であるが、その反面腕力などに関しては人間よりも遥かに高い身体能力を持つ。そんな屈強なドワーフの兵士に、ドワーフ謹製の優れた冶金技術で作られた頑丈な鎧を纏わせれば、人間の兵士など物の数ではなかったそうだ。
国に金は無く、戦争によって多くの人間の命が失われ国力を大きく低下させてしまったその人間国家の運命も、もはやここまでかと思われた。しかしある組織がその人間国家に力を貸すことになる。そう、『教会』である。
すぐさま物資を援助し、更には近隣諸国からの支援体制を構築させた。その支援を糧に再びドワーフの国に進行する。当然簡単に勝てる相手でもないが、他国からの支援により以前よりもいい勝負が出来るようになってしまった。
そうして戦況が拮抗したことにより、次第に人間の国に捕虜として捕まってしまうドワーフの兵士が増えていってしまう。その人間の国では捕らえたドワーフを奴隷として他国に売るようになった。
人間よりも腕力が強く、また鉱山病にもかかりにくいドワーフの奴隷は外国では高値で取引されるそうだ。そうしてできた金で借金の返済と、新しい武具や兵糧を買い再びドワーフの国に戦争を仕掛ける。
他に外貨を得る手段のないその人間の国にとって侵略戦争は、もはや一種の経済活動となってしまう。その人間の国家は戦争をやめることが出来ないところにまで来てしまったそうだ。
借金を返すために戦争を仕掛け、戦争を仕掛けるためにまた金を借りる。その人間の国家はもはやその泥沼の負のループから抜け出すことが出来ない。正直、同情してしまいそうになる。
ただ、だからと言って手心を加えるつもりはない。俺は俺のできることを全力でやる。それが俺の利益につながるのだから。




