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「今回の襲撃時において、俺の眷属のドミネイト・スライムに支配させた奴隷商の職員たちは始末しませんでした。それはこれから、あの都市で色々とやってもらうことがあったからです」
「ふむふむ。いいよ、続けて?」
「まずは支配した職員を3つのグループに分けました。1つ目のグループには馴染みの飲食店などで酒に酔ったふりをさせながら、つい口が滑ったかのように、奴隷商がいままで捕らえた獣人に対する扱いがどれほど酷いものだったか噂を流します。多少誇張しますが、支配した者以外の職員のほとんどは始末しているので、その正否を知る者はいません」
「なるほど。襲撃者の正体が獣人とバレても、その襲撃の正当性を人間達に訴えるためだね」
「続いて2つ目のグループ。彼らには領主であるマリアーベ伯爵の政策が間違いであったと周りに吹聴させます。現に彼らは獣人の襲撃によって職場を失い、無職になってしまったわけですからね。「初めから亜人を奴隷とする政策をとらなければ…」そんな噂を彼らが流しても、不審に思う人はいないと思われます」
「でも、そんなことをすれば、領主に目を付けられてしまうんじゃない?」
「別に構いません。彼らを捕らえ拷問をしたとしても、こちらの情報を流すということはありませんからね。殺されてしまえば手駒を一つ失うことにはなりますが、それほど大きな損失というわけでもありません。そしてそれは3つ目のグループの活動がやり易くなります。最後の3つ目のグループには、現マリアーベ伯爵の政敵に有利になるような噂を流してもらいます」
「…?それに何か意味があるの?」
「はい。我々の事前の調査によりますと、現マリアーベ伯爵の政治的基盤はあまりよくないと思われます。彼が爵位を継いだ時、彼と爵位をめぐって争った人物がいました。先々代の弟…つまり現伯爵の叔父にあたる人物です。名前はモキド・マリアーベ。彼自身すごく優秀というわけではありませんでしたが、先代と先々代の領地運営を長い年月助けていたそうです」
「なるほど、それなりに実績のある人物だったというわけか。それなら爵位をめぐって争うというのも納得がいくね」
「現伯爵は当時年齢も若かったということもあり、家臣からはモキドを推す声の方が大きかったそうです。ですが彼も先々代の弟と言うことでそれなりに年がいっていましたので、最終的にはモコナが爵位を継ぐという結果になった、というわけです」
「なるほどね、だから現伯爵としては何としてでも結果を出さなければ!そういう考えになってしまった結果が、奴隷化した亜人の販売による経済の活性化か」
「そういうことです。しかし今回我々が起こした一連の事件によって、モコナの失策が浮き彫りになってしまいました。それを見たモキドがどう思うか…」
「あわよくば爵位の簒奪。悪くてもモコナの失策を認めさせることで、自分の力の拡大を図ってもおかしくは無い、というわけか」
「はい。その為にモキドの背中を押すという目的で、モキドにとって有利な噂を流させるのです。もし第2のグループがモコナの命により捕らえられるようなことになれば、それを含めてモコナに対する攻撃材料になります」
「仮にモコナが第2グループに何もしなければ?」
「折を見て自殺させます、他殺に見えるような形で。誰が殺したのかは…それを見た市民の判断に任せます」
「最大の利益を得る者が犯人というわけか。この場合は…ふふっ、あくどいねぇ君は。でも、とても頼もしいよ。でも、モキドが何も行動を起こさなければどうするんだい?」
「何もしません。モキドが爵位を継いだ方が良かった、そんな噂が流れ始めた時点でモコナはモキドを警戒せざるを得ませんので。例えモキドが行動を起こす意思が無かったとしても。そして、その為にモコナは備えをするはずです」
「例えば?」
「まずは衛兵の掌握に力を入れると思います。強力な冒険者と繋がりを持つため金を集めるかもしれません。そしてそのようなことを、ただでさえ都市の重要な施設が破壊され都市の力が低下している現状でしていれば…当然市民感情も悪くなり、少なくとも亜人に構うだけの余裕は無くなってしまうと思われます」
「なるほどね」
正直そこまでは上手くいかないんじゃないかと思うが、物は試しだ。失敗しても失うものは無いに等しい。仮に失敗に終わっても、多少の時間を稼ぐことが出来さえすれば儲けものなのだ。




