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社会人なら予定時刻の少し前までに行動するというのは当たり前である。ましてや今回俺が会うのは、やんごとなきお方。予定時刻の少し前…では無く大分前に行動して謁見予定の場所である里長の屋敷の客間に移動しておく。まぁ、今の俺が「社会人」という括りに入るかどうかは疑問ではあるが、わざわざ遅く行って相手を不快にさせるわけにもいかない。
屋敷の扉は開け広げられていた。にもかかわらず、いつもよりなんか重苦しい雰囲気を漂わせている気がするのは、俺の心持が影響しているためか。とはいえ逃げるわけにもいかない、意を決して中に入る。
客間にはすでに人がいた。この里で知り合ったお偉方が勢ぞろいしている。予定時間にはかなり余裕があるはずなのに、皆すでに跪いてこれから来るであろう人の出迎えの準備は万端だ、そのような空気がひしひしと伝わってきた。
俺も跪いて待機しておいた方が良いのだろうか。そのようなことを考えていると、見慣れない女性のエルフがいた。このような状況にもかかわらず思わず、見惚れてしまいそうなとんでもない美人さんだ。
彼女を手に入れることが出来るなら、馬鹿な貴族が戦争を起こしてもおかしくない。そんなことを思わせるには十分すぎる美貌だ。しかし…どこかで見たような気がしないでもないが…いかんせん思い出せない。
そんなことを考えていると、その美人さんが俺を見るとこちらに近寄って話しかけてきた。緊張が相手にバレないように必死に取り繕う。
「どうしたんじゃ、ゼロ。まだ時間には早かろう」
「は、はい、時間前行動は社会人としての基本でありまして…じゃなくて。このしゃべり方…えっと、もしかしてローゼリア様ですか?」
「…?ああ、そういえばお主はこの形態を見るのは初めてじゃったかの。どうじゃ、驚いたか、これが儂の真の姿なのじゃ!」
思念体は体の大きさを自由に変えることが出来る。今までは魔力の消費を抑えるために小さい体で行動していたが、さすがにこれから来るやんごとなきお方の応対をするのは不味いだろうと考えて、本来の姿に形態を変化させたらしい。
見た目が超美人とは言え、彼女は長命なエルフだ。しかもあの、壮年の見た目をしたローガンよりも年上、つまりはババ……いや、この先を考えるのは止めておこう。経験上、格上相手だと俺の考えを読むなんて造作もない。余計な考えは身を亡ぼす。
それにしても、やんごとなきお方か…どのようなお方なのか気にはなるが、知ったら知ったで面倒そうな気もする。
「それを言うのでしたら、皆さんも来るのがかなり早いんじゃありませんか?」
「まぁの。ここに集まっておるのは年寄連中じゃ、時間にかなり余裕があるからな。この程度の待ち時間など大したことあるまいて」
「皆さん、ずいぶんと心待ちにされているんですね」
「それはそうじゃ。エルフの国におる儂ですら、めったにお目にかかることが出来ないお方なんじゃからな。じゃからな、ここにおる連中はお主に感謝しておる。お主に興味を持って、そのおかげであのお方にお目にかかることが出来るのじゃからな」
跪いていた里のお偉方のエルフ達が大きく頷いているのが見えた。感謝されるというのは悪くない。実際昨日のうちに、助けた子供エルフの家族からものすごい感謝の気持ちを伝えられた時もそう感じた。恐縮もしたが誇らしくもあった。
ただ、その感謝のされ方が、このような成り行きからだと素直に喜ぶことは出来ない。今の俺は実験動物の様な微妙な立ち位置なのだからな。
「出来れば特殊なスライムだから興味を持ったからではなく、俺の功績に報いて…って、そんな感じで興味を持ってもらいたかったですね」
「勿論それもあるよ。ただ、その為だけに行動するのは威厳が無くなるからダメだって家臣達に常々言われてるんだ。だから今回は君と言う特殊スライムが、僕たちエルフにとって有益となる存在なのか見極めるためっていう、口実の為に利用させてもらった側面の方が強いんだよね」
…!一体いつからそこにいた。油断はしていたかもしれないが、能力の習熟の為に常に周囲の魔力を感知している状態であった。にもかかわらず声を掛けられるその瞬間まで一切の気配を感じることが出来なかった。
「君がスライムのゼロ君だね。驚かせてしまったかな?申し訳ないことをしたね」
「え、あ、い、いえ。そんなことないです…」
「ははは、固いね~。そんな緊張しなくてもいいのに。今回は非公式の場なんだからさ、言葉遣いとか変に気を使ったりとかしなくていいんだよ?」
知ってる。偉い人の言う無礼講とかは信用できない。いや、多分ご本人は気にしないかもしれないけど、周りの人間は絶対に気にしちゃうやつだ。現にローゼリア様ですら、あまりの自体にあわあわしちゃってる。この人でもこんなことするんだな。そんなことを考える余裕があるのは、あまりの事態に俺自身の脳が追い付いていないためだろう。脳みそないけど。




