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『もしもし、16番?決戦に向けての意気込みをどうぞ』
『決戦…とは言いますが、実際に戦闘をするのはジルですからね。私にできることはあくまで他の眷属の方々と協力して、ジルのサポートをするぐらいですので。意気込み…と言われましても少々答え難い質問ですね。まぁ、非才なる身ですが私にできることを全力で努めたいと思います』
『…もしかして相手が俺だから少し緊張してんの?だから丁寧語なの?そんな言葉使いしなくていいよ。だって元々はお前も俺だったんだからさ。確かにお前は俺の眷属っていうポジションだから、俺を上の存在と認めてくれていることは嬉しいけどそこまではしなくていいよ』
『すみません、実はこれが『素』なんです。特に丁寧な話し方を心掛けているとかではないんですが。だからゼルがすぐに私とゼロが違うということに気が付けたのでしょうね』
驚いたな。確かに個性に差が出始めていることに気が付いていたがここまでとは思っていなかった。これはもはや別の人格といっても差支えがないだろう。
ただ、やっぱり根っこの部分は俺と同じらしく、ギャバンやあの国の連中のことを心の底から憎んでいたし、その復讐のためなら関係のない人間すらその手にかけることをいとわないという根っこの部分も変わらなかった。そうであるなら問題はないな。
ついでに俺に意識を乗っ取られているときのことを聞いてみると、肉体の主導権を奪われてはいるものの意識はちゃんとあり、俺とゼルの会話の内容はすべて把握しているとのことだった。肉体の主導権を奪われることに忌避感はあるのかとも尋ねると、特にないとのこと。まぁ元々こいつも俺だったんだ、そこまで気を遣う必要はないのかもしれん。
個性の差が出てきたことも考えようによってはそう悪いことでもないかもしれない。全眷属が俺と全く同じ見方や考え方しかできないよりも、様々な視点によるほうが、よりよい答えにたどり着けるかもしれないからな。今度時間のある時にでも、他の眷属と話でもしてみるとするか。
本体である俺は今日の仕事を早々に切り上げて宿に帰る。この3日間、緊急時に即座に対応できるように町の中の依頼(新人冒険者にはおなじみのドブさらい)しか受注してこなかったので、フラストレーションが溜まっている。このストレスは冒険者たちにぶつけよう。まぁ、やるのはゼルなんだけどな。せめて経験値の面だけでもいい思いをしたいものだ。
自室に戻り、眷属たちを使い冒険者たちの活動の様子を観察し、冒険者ギルドで入手した地図と照らし合わせながら作戦を考える。この包囲網は金級冒険者パーティーが先頭に立って作り直したものだ。流石というべきか、穴らしい穴を見つけることができなかった。これでは正面から突破することはほぼ不可能だろう。
冒険者のランクは銀級で一人前といわれている中で、さらにその一つ上の位である金級と言う位は、同じ冒険者の中でも一目も二目も置かれる存在だ。
元々冒険者という職業は大きな自由がある反面、己の才能が圧倒的にものをいう世界だ。才能のない者は一人前になることすらできずその命を散らし、才能のある者ですらひょんなことで命を失ってしまうこともある。そんな厳しい世界で他者よりも頭一つ抜きん出た存在が金級冒険者なのだ。
恐らくはこの辺りを治めるトックハム子爵にでも雇われたのだろう。いくつもの村を襲撃されたことによる義憤に駆られて…という感じがあまりしないのは、捜索範囲の広さの割に雇われている冒険者の総数が意外に少ないことと、ギルドで仕入れた情報の「金級冒険者の雇用期間が意外に短い」ところにある。
これだけ長い期間捜索したのだ、もしかしたらすでにオーガは自分の領内から抜け出しているかもしれない。そうした判断のもと、他の領地に逃げられて被害が出てしまった際の責任逃れの為に雇ったのだろう。金級冒険者を雇うにはそれなりの金銭が必要であるので『金級冒険者を雇って本気でオーガを捜索しました』という建前を作るための行動とすればこのトックハムという貴族、なかなかに曲者であるといえるだろう。
しかし俺からしてみれば要らんことをしおって…としか思えない。短い期間でも結果を出すかもしれない存在、それ故金級冒険者なのだ。とはいえ、大筋でのやること自体は変わらない。金級冒険者の遺体が手に入るかもしれないと前向きに頑張るとするか。