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それからの攻防は、俺が思っていた以上の互角の戦いを見せ始めた。まぁ、あくまでも思っていた以上の、ではあるが。
しばらく至近距離でこの2人の戦いを見ることが出来たおかげか、ようやく目が慣れ始める。客観的に見て、パワーとテクニックはレオンが若干上、スピードはゼノンが上だと感じる。
そのため、手数の多いゼノンのすべての斬撃に対処することのできないレオンの体には、俺が体表を薄く覆ってはいるとはいえ、その守りを容易く切り裂き少なくない切り傷が出来てしまっている。
今は腰に巻いたポーチにいれたポーションを彼の尻尾を使って傷口にふりかけ、戦いに支障が出ないようにすることで何とか持ちこたえている。ちなみに獣人の尻尾はそんな器用なことは出来ないが、俺がサポートすることで可能となっている。ゼノンに俺という存在がバレない程度の、最大級の支援と言えるだろう。
今も一瞬の隙を突いてゼノンの攻撃がレオンを切り裂いたが、このままではらちが明かないと判断したのだろう、その決して小さくない傷を無視しレオンは突っ込み鍔迫り合いに持ち込む。そうなれば、パワーが上であるレオンの方が有利だ。ゼノンを一気に押し込む。
そこに更に俺がレオンの持つ剣を通して、キリン・スライムから入手した電撃を流し込み、ゼノンに追加のダメージを与えることに成功する。
流石にその攻撃をノーダメージで乗り切ることは出来なかったのか、ゼノンは苦虫を嚙み潰したような表情をした後、無理な体勢のまま後方へ下がる。
それを見逃すほどレオンは甘くない。追撃に打って出る。いくらスピードではゼノンの方が上とは言え、前進するのと後退するのとでは、その速さは前進するほうが圧倒的に速い。2人の距離はそれほど離れなかった。
それをチャンスと見たレオンの降り降ろした斬撃は、残念ながら奴の着る鎧によって防がれてしまったが、斬撃そのものは防ぐことは出来てもその衝撃までは完全に防ぐことは出来ない。
『ガギン』という金属同士がぶつかるニブイ音が鳴り響き、その攻撃の勢いに乗ってゼノンが軽く後ろに吹き飛ばされる形となり2人の距離が開いてしまう。並の冒険者の装備する鎧であれば、簡単に両断できそうなほどの勢いがあったにもかかわらず、逆に攻撃したレオンの腕にビリビリとした衝撃が残る。
それほどの衝撃であったにもかかわらず、ゼノンが余裕の表情を見せる。虚飾かハッタリか。もしかしたら本当に今の攻撃が効いていないのかもしれない…そんなことを思わせるのに十分な態度ではあるが、奴がこの数瞬の間に、ある魔道具を発動させたことを俺は感知していた。
今は奴の着るフルプレートアーマーで隠れて見えていないが、奴が首から下げているネックレス型の魔道具には魔力を込めることで、装備者の体力を回復させることができる能力がある。奴はそれを使ったのだ。
『安心しろレオン。今の攻撃はしっかりとゼノンに効いているぞ。事前に説明しておいた、回復の魔道具を使用したようだ』
『うむ、やはりそうか。あれほどの手ごたえがあったのだ、そうでなくてはな』
念話を使って情報を共有できるのは、やはりこの寄生能力の利点の一つだろう。寄生主が戦いに集中している間に、寄生者が戦いの情報収集に集中できる。
「まさか貴様の様な亜人風情が魔剣を持っていようとはな。だが…くくっ、その程度の攻撃は効かんなぁ。諦めて投降すれば、命だけは助けてやらんでもないぞ?」
電撃が流れたのを、レオンの持つ剣の能力だと判断したようだ。妥当な判断と言える、まさかスライムが電撃を流したとは夢にも思うまい。
「残念ながら、俺は諦めが悪いんでな。最後まで抵抗させてもらおう」
戦士職であるゼノンの魔力総量は、マジックキャスターに比べれば圧倒的に低い。奴自身もあまりその魔道具を使いたくは無いだろう。それでも位階の上昇の為か、並の冒険者よりはるかに高い魔力を持っている。先ほど減少した奴の魔力総量から計算すると…使えてせいぜい、あと3・4回といったところか。
ゼノンが魔道具を使って体力を回復したことは奴自身には指摘しない。敵にわざわざこちらの持つ情報を与えるのは愚策だからだ。敵には少しでも多くの誤った情報を渡すことこそが、勝利に近づく一歩なのだ。
あともう少しでレオンを倒すことが出来る、それまでの我慢だ。そう奴に思わせ続けることで、無事に撤退ができるだけの体力と魔力を消費させることまで出来れば最上だ。後は、援軍を呼んで袋叩きにしてやる。
そのためゼノンにはレオンが「仲間を逃がすための時間を稼ぐだけの存在である」と思わせ、こちらにはゼノンを倒す意思が無いと思わせることが出来れば、奴も体力の温存なんて考えずこちらを全力で倒しに来てくれるだろう。
敵が今何を考えているのか、次は何をしてくるのか。常に考えて行動しなければ。直接戦うことのない俺が、そういった脳の役目を担ってやらねば、体を張って戦ってくれているレオンに申し訳ないのだ。