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第2部隊、第4部隊に配備した眷属に状況確認の為に念話を送ると、すでに大きな戦闘は終了しているとのことだった。
都市内部の重要な施設に向かわせた第2部隊が言うには、その場所を守る兵士の質が想定よりも低く簡単に制圧できたため、追加で火を放つことをやめ、金庫などに侵入し貴重な資料や金品を盗みだす方向に変更したらしい。
そのため却って時間がかかってしまいそうではあるが、余裕のある第1部隊から援軍を派遣してもらうことでなんとか時間内にはすべての作業は終わらせることは出来そうとのことだった。
臨機応変に、各自の自主性に任せてあるので俺からは特に何も言うことはない。激励を送り、不測に事態には自分たちの命を優先させることを確約させる。
続いて第4部隊の方は、そもそも戦闘らしい戦闘はほとんど発生してなかったそうだ。
獣人達を購入し、馬車馬の如く働かせている商人と言うのは当然ながら都市内部に一か所にまとまって生活しているものではない。各地に点在して居住しているため、それに対応するためこちらも少ない戦力を更にバラけさせて救出に向かわさざるを得なかった。
とはいえ、ただの商人では保有する戦力がそれほど多いというわけでもない。そのため、侵入することが困難というわけでもなかったのだ。
警備兵を奇襲して無力化。からの商会長を襲い支配者の指輪の奪取。そして、それを使用しての獣人達の開放。
この一連の流れを淀みなく行うことが出来た。事前の調査の成果もあるだろうが、第4部隊に配置した獣人の多くは、そういった隠密の訓練を積んだもので占めさせておいた俺達の作戦が上手く嵌ったということだろう。
ここまでは順調に事態が進んでいる。だが、ここからが本番だ。ちらほらではあるが、この辺りでも人の動きが活発になり始めた気配を感じる。つまり…冒険者が不穏な空気を感じ、活動を始めたということだ。
レオンとロルフもそれを感じ取ったのか、わずかに緊張が走る。
「いよいよだな。多分もうしばらくしないうちに冒険者がここを通るだろう。心の準備はいいか…いや、愚問だったようだな」
「勿論だよ。ただ…こうして物陰に隠れる必要はあったの?僕たちなら、余程の相手でもなければ正面から戦っても問題なく倒せたんじゃないかな…」
「卑怯だと思うか?ただな、俺達が倒されてしまえば解放軍は混乱するだろうし、それを見逃すほど人間は甘くない。そうなれば目を覆いたくなるような損害を出すだろう。敗北する可能性をわずかにでも減らせるなら、その方法をとるべきだと俺は思うがな」
「その通りだ。敗者が勝者を卑怯者と罵るのは、ただの負け惜しみに過ぎない。ロルフ、お前の素直さは友人としては美徳だが、戦いにおいてその考えは捨てたほうがいい」
「素直さ、か…確かにロルフの弱点だよな。勿論友人として付き合うなら問題は無いけど、敵対するなら俺は間違いなくそこを攻めるだろうな。そもそもロルフが人間に捕まってしまったのも、人質を取られ人間の指示通りに捕まったことが原因だしな」
ロルフから聞いた、彼が捕まった時の話を思い出す。俺がその時のロルフの立場なら、人質を見捨てていただろう。そうでもしなければ人質の価値を人間達に認識させてしまうからだ。
もしロルフが人質のことを無視して冒険者達に襲い掛かっていれば、その冒険者達も戦う力のない人質をわざわざ殺すという手間を取らず、ロルフに対処しただろう。そして戦闘力がこちらが上なら、問題なく事を終わらせることが出来る。
その俺の考えを話すと、レオンは大きく頷き、ロルフは渋い表情をする。どうやら自覚はあるようだ。
「そもそも俺は人質を取るという行為を取りたくはないんだ」
どうやら俺も緊張しているようだ。沈黙が落ち着かないためついつい話し込んでしまう。
「意外だな。勝つためには何でもすると思っていたが…」
「もちろん、勝つための準備は惜しまないさ。ただな…その人質を取らざるを得ない状況というのが、俺はすでに俺の負けだと思っているからだ」
「どうして?人質を取って一発逆転!という展開はありそうだけど」
「俺から言わせれば、人質を取る行為ってのは少なくとも相手が自分と同等以上の力を持っているってことだ。相手が俺より弱ければ、そのまま倒せばいいんだけなんだからな。んで、相手が自分より強いってことは、相手がその人質を見捨てれば一気に形成が逆転してしまうということだ。ま、いうなれば、相手の気持ち次第で戦局が変化しうるという状況に追い込まれた時点で、すでこちらが負けているということだ」
「なるほど、実にゼロらしい考えだ。……ふむ、どうやら人の気配がこちらに近づいてきているようだ。おしゃべりはここまでにしよう。お前ら、覚悟はいいな」
しばらくの間会話を楽しんだことで、程よく緊張感が解けたようだ。事前の調査は十分やったし、負けることはないだろう。