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我々第3部隊、第1班が現在攻め込んでいるのは、マリスレイブでも最大と名高い奴隷商のコルネリア商会だ。奴隷の保有数もさることながら、当然警備の質も数も他の商会を圧倒的に上回っている。その為この場所に関しては、第1班と第2班が協力して攻めている。
銀級、金級はもちろん、数人ではあるがミスリル級も雇われている。銀級以上ともなると引退する頃にはそれなりの蓄えがあるのが普通であり、それ以降の人生はのんびりとした余生を過ごすのが一般的である。
しかし、当然例外はある。酒や女、ギャンブルなどにハマり多額の借金を作ってしまう人も当然ながらいる。周りの冒険者仲間は加齢による衰えやケガ等の様々な理由で引退し、蓄えが無く引退できない者は、商館などに雇われそこの警備員として第2の人生を歩む者もいるということだ。
体力や身体能力は全盛期に比べれば当然劣ってはいるが、長年冒険者として生き抜いてきた経験は本物であり、本来なら容易に倒せる相手ではないことは想像できるだろう。そう、あくまでも「本来なら」ではあるのだが。
『あそこの黒いバンダナを頭に巻いている人は元銀級冒険者で、かつての戦闘で膝に矢を受けて機動力がありません。遠距離から弓矢で攻撃すれば簡単に倒せるはずです。おっと、そちらのフルプレートメイルを装備した冒険者はかなり手ごわいですよ。元は金級でしたが、ミスリル級昇格間近とまで言われていましたから。どうして昇格しなかった、ですか? 左目に大きな怪我を負って、ほとんど左目が見えなくなってしまったからです。つまり彼の攻略法は……言わなくても分かりますよね?』
長年冒険者として活動していれば、様々な理由により少なからず「弱点」と言うものが生まれてしまう。俺のアドバイスを聞いた解放軍のメンバーがその指示に従って、熟練の冒険者を次々と討伐していく。
更にこちらは、当初より夜戦を想定して準備を進めてきた。ぱっと見では見つけにくい黒っぽい外装を羽織り、用意した矢は黒く塗っている。それが闇夜に紛れてしまえば、目で見て躱すことは熟練の冒険者であっても困難であろう。おまけに鏃にはヴェノム・スライムの毒付きである。抜かりはないのだ。
「パラサイト・スライム殿、商会内部に突入したメンバーはいかがですかな?」
『問題ないようです。事前に商会内部の建物の、構造の情報を集めていたので順調に捜索できています。ドミネイト・スライムが支配した職員もいい働きをしているようですね。これなら時間に余裕をもって、亜人たちを解放した後も逃走ができそうです』
話しかけてきたのは俺が現在寄生している狒々の獣人のアルマさんだ。この人とは俺がただのスライムだったころからの付き合いであり、彼の協力もあって無事パラサイト・スライムに進化することができた。ここ数カ月苦楽を共にし、付き合いは短いが同志と言っても過言でないほどの仲である。
作戦の順調に行っているし、先程数少ない元ミスリル級冒険者の1人を倒したとの念話も入ってきた。このまま順調に行けば…と、思った矢先にボスから念話が入ってきた。急いだ様子もないし、緊急事態と言うことではないのだろう。
『お疲れ、調子はどう?』
『問題ありません。順調に攻略出来て…っと、すみません。他の眷属から念話が……なるほど、了解しました。…ボス、朗報です。無事、この奴隷商に捕らわれていたエルフの子供の救出に成功しました。商会長の身柄も確保して支配者の指輪も確保済みですので、隷属の首輪を解除後、先んじて逃がすことにします』
『了解だ。城壁の外でエルフの戦士が待機しているから、彼らに身柄を引き渡しておいてくれ』
念話を終わらせ、アルマさんに先程の会話の内容を伝える。
『すみません、エルフ達との契約があるとはいえ、エルフの子供の身柄を優先させることになってしまって…』
「いえいえ、構いませんよ。エルフの方々には物資の面では全面的に協力していただきましたので。それに奴隷商に経済的打撃を与えるという意味では、値段のそれほど高くない獣人よりも、法外な値段で取引されるエルフに逃げられてしまうほうが痛手でしょうしね」
くつくつと笑いながらそう返答があった。彼のこういう狡猾さが私と彼の気があった最大の要因なのかもしれない。そんな風に雑談をしていると、この奴隷商館を無事制圧したとの念話が入ってきた。支配者の指輪を使っての獣人の開放にはまだ少し時間が必要らしいが、敵側に強力な援軍でもなければその作業もほどなくして終わることだ。
ちなみにその強力な援軍が来ないことは分かっている。
救援を呼ぶ魔道具は支配した職員を使って襲撃前に破壊させておいたし、仮に救援を呼べたとしても、冒険者ギルドなどの重要な施設の近くにも我々の手のものが向かっているので、援軍を差し向ける余裕は無いはずだ。
「そういえば、この商館には人間の奴隷もいましたよね?その人間達はどうしていますか?」
『助ける義理もないので、牢の中に放置したままになっています。助けるつもりですか?』
「まさか、そんなことはありません。…ですが、少しくらい、彼らにも働いていただこうかと思いまして」
『と、言うと?』
「ここの奴隷商の職員を、人間の奴隷のいる牢の中に一緒に閉じ込めておこうかと思いまして。もし、ここの商館の職員が普段から奴隷にもある程度の配慮をしていれば、無事に朝を迎えることが出来るでしょうが…」
なるほど、つまり人間の奴隷に職員たちを処分させようということか。ちなみにだが、ここの職員の奴隷に対する扱いが悪いということはすでに調査済みである。
わざわざ人間の奴隷たちに職員を処分させようするのは、警備兵とは違い戦う力を持たない商館の一般職員を、一方的に惨殺したという悪評を立てたくないためか。
眷属に念話を送る。しばらくすると、周囲から悲鳴が聞こえ始めた。




