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見慣れた冒険者ギルドの建物に、見慣れた冒険者の数々。違うことがあるとすれば、今の俺は普段擬態しているマジク形態ではなく、偉そうな貴族形態であること。そして共として獣人であるロルフを連れてきているという事だ。
いつもとは違った尊大な歩き方で受付嬢の前まで行き、そこで人を顎で使うことを、さも当然の様なしゃべり方で人を呼びつける。
「おい!受付嬢!依頼だ、依頼を持ってきてやったぞ!」
「は、はい!依頼の内容は…あと、お名前もお願いします」
「俺か?俺の名はフィリップだ。依頼の内容は魔物の討伐、そしてその魔物の素材の回収だ」
「フィリップ様ですね。それで、その魔物は一体どのような魔物ですか?」
「聞いて驚くなよ…『麒麟』だ!『麒麟』の討伐だ!」
「……!そ、それは……。もちろん冒険者ギルドでは、あらゆる魔物の討伐を依頼として請け負っております。ですが『麒麟』」など、そう簡単に見つかるものではありませんので、何の手掛かりのない現状では依頼として受領するのは少々難しいと思われます」
「ふん!その程度のことぐらい知っておるわ。だがな、ここにいる俺の奴隷が『麒麟』に関する情報を持っておったのだ。おい、そうだよな!」
「へ、へい!その通りですぜ、フィリップ様。間違いなくオイラぁこの両の目でしっかりと見ましたぜ。あれは1月ほど前でしょうか、オイラがサルカの森を歩いている時のことです。ちぃとばかし喉が渇きやしてね、水を飲もうと小川に立ち寄ったんですが……その時に居たんですよ、竜の様な顔をしている、おっきくておっかない魔物が。その時はあまりの恐怖で動くことが出来なかったんですが、こちらのことを気にすることもなくさっさとどっかに行っちまいましてね。おかげさまで、こうして命拾いしたんですわ」
「なるほど…ですが、申し訳ありませんが貴方の証言だけで、それを確かな情報と判断するのは少々難しいのですが…」
「問題ない……これを見ろ!」
懐から取り出した一枚の大きな鱗。それを見た受付嬢の表情がすぐに変化したのは言うまでもない。彼女はこれまで受付嬢として様々な魔物の素材を見てきたはずだ。これはそのどれにも当てはまらない、本物の『麒麟』の鱗なのだから。
「こ…これは!これを一体どこで手に入れたのですか!?」
「その『麒麟』と思われる魔物が去った後に、奴のいた場所に落ちてたんすよ。これで、オイラの証言が本物であると認めてもらえるんすよね?」
「す、少しお待ちしていただいてよろしいでしょうか。主任を呼んで参ります」
そう言って急いで奥の方に走っていく受付嬢。先ほどまでの俺達の会話を聞いていたのか、ギルドにいた多くの冒険者が俺の方に注意を向けてくる。いい傾向だ。作戦が上手くいっていることに緩みそうになる口を必死に抑えていると、ほどなくして彼女の上司と思われる人が急いだ様子でやってきた。
「お待たせして申し訳ありません、フィリップ様。私は彼女の上司のラバナスと申します。お手数ですが、もう一度その『麒麟』の鱗を見せて頂けませんか?」
「構わん。ああ、何ならこの鱗をギルドに預けておいてもいいぞ。どうせ依頼が上手くいけば『麒麟』の素材が大量に手に入るのだ。鱗の1枚や2枚ぐらいどうってことは無いだろうしな」
「……なるほど。確かにこの大きさの鱗ですとリザードマンという事は無いでしょうし、素材に残された魔力からするとこの素材の元となった魔物がかなりの強者であるのは否定できませんね。残念ながらこれまでに『麒麟』の鱗を実物を拝見したことが無いので断言はできませんが、かなりの魔物であることは間違いないのでしょう。ちなみにそちらの獣人のお話ですが、どれほど信ぴょう性があるのでしょうか?」
「俺はまず間違いないと確信している。隷属の首輪の効果を使って、何度も確認させたのだからな。俺を不快にすることの恐ろしさは、こいつの方が理解しているだろう。おい、貴様!嘘は言ってないんだよな!」
「も、勿論です!第一何で嘘を言わなくちゃならないんですか。この情報が真実で、『麒麟』の素材が無事入手出来たら、オイラのことを解放するって約束してくださったんですから。嘘を言わなきゃならん理由なんてこれっぽっちもありはしませんよ」
ロルフの必死な演技に話を聞いている皆が納得したような表情を見せる。それにしてもこいつ、結構演技が上手いな。ちょっとだけジェラシーを感じる。
「分かりました。ですがこちらとしても色々と不確実なこともありますので、少しお時間を頂きたいと思います」
「むぅ、仕方ない、か。1週間後もう一度このギルドに顔を出すことしよう。あぁ、その鱗はギルドで保管しておいてくれ。俺の話が本当であることの証明として、必要になるかもしれんからな。ただし、こちらも譲歩したんだからそちらも俺も言い分を聞いてくるよな?」
「と、言いますと?」
「この依頼にはアダマンタイト級冒険者、ゼノン・パルドクスを必ず同行させろ。その程度の事はできるよな」
「か、彼は非常に気まぐれな性格でして…確実に依頼を受領してくれるとは限りませんが」
「そこはお前らが努力しろ。まさか、その程度のことも出来ないとは言わないよな」
とりあえずの手付金を置いて、ロルフを連れて冒険者ギルドから出る。出る直前にギルド内部の様子を見れば、皆俺が渡した『麒麟』の鱗を一目見ようと受付に殺到しているようだ。これなら、ゼノン・パルドクス以外にもサルカの森にいく冒険者が何人かいるだろう。
やはり冒険者に対処するなら、適当な高難易度な依頼をでっちあげるのが良いという俺の考えは、間違いではなかった。ちなみにサルカの森は、エルフの里からマリスレイブの都市を挟んだ向こう側にある自然豊かな森で、当然魔物も多く生息している。簡単に調査が進むという事は無い。
問題はゼノン・パルドクスがどうするかだが、俺が調べたところ奴は自分の強さに誇りを持っていて常々その証明となるものを欲しているような素振りがある。つまり彼にとって『麒麟』と言う魔物は、その格好の獲物であると言える。せいぜい、いもしない『麒麟』を探して、サルカの森を這いずり回ってくれ。




